「もう、おぼえてないでしょう」


「そんなわけないだろう、借りた恩は返す主義だぜ俺は」


私の持ってる刀は、口が減らない。
けれど、何の力もない私が弱肉強食のこの世界で生きていくには、必要な力である。


「はい、それじゃあもう一踏ん張り、宜しくね!!」


「へいへい」


私が掲げた500円硬貨。それは仄かに白く輝き始め、辺りを照らした。


光の中から、無愛想な青年。

いわく、刀の魂みたいなものだそうだ。
名は神居(カムイ)。

そいつは私をちらっと見、私の手から硬貨を抜き取る。

その硬貨を口にいれる。

バキバキ、モギュモギュ。ゴクン。

すると、刀そのものが輝き始める。

私はそれを確認し、鞘から抜き取る。

刀身は黄金色に輝き、そのオーラで幾重もの光の波を作った。


数歩歩けば背後から、空から、茂みから、至るところから現れるそれらは亜仁魔(アニマ)。俗に精霊と呼ばれるそれらは、ある日を境に眠りから目覚め実体を持ち、人間を襲うようになった。


「誓いは簡単だ。俺を呼び、働きに対する対価を払え。」


かつて私の住んでいた街は、溢れ返る亜仁魔によってその日消滅してしまった。命からがら逃げた山奥の神社で声を発したそれは、硬貨を欲した。


「もう暫くの間、飲まず食わずみたいなもんだ。それに、お前も死にたくないだろう、手を貸すぜ。安心しろよ、借りた恩は返す主義だぜ俺は」


口車に乗せられた様なものではあるが、結果、これのお陰で私は生き長らえた。こいつは従順とはいかないまでも、まぁお金のあるうちは私を殺しはしないのだろう。


「えいっ!!えーいっ!!」


力任せに振るったそれは、私の意識の外で私を操る。
縦横無尽に暴れまわるそれを手離さないように、私はよくわからない声を出して叫んだ。


「もうちょっとかっこつく感じにならないものなのか…」


真っ二つにされた亜仁魔の魂は消滅する。
いわく、死とは無でもなく極楽でもなく、また天国でも地獄でもない。転生の環へと戻るのだそうだ。


ーーー。

「俺に誓いを立てているうちは、俺はお前を守れるが、それ以外の時、つまり就寝、水浴び、食事…例えばそんな時に護身術の一つでもあれば、どうにでもなるだろう。お前自身がやらなければいけないことは山ほどある。それを、教えてやる。お前、生きたいよな。」


私は首を縦に振った。何度も。
それがはじまりーーー。


「ん~……いない。」


「そりゃぱっと行く?っつって行けちゃったらつまんないだろう。探索も重要だぜ、ろーるぷれいんぐは」


「はいはい…そりゃよござんしたね。」


鞘に収まった神居をポンポン撫でる。基本的にお金……それも硬貨でなければ力は発揮出来ないそうだが、腹を満たすだけならば、何でもよいらしい。しかも、食べたものの内容を記憶出きるそうだ。暗記パン機能と私は呼んでいる。それで昔与えたゲームの攻略本や雑誌の内容を得て口達者に宣うのである。


一般的な人間は、亜仁魔と闘う術を持たない。どういうわけか実体化した為、重火器や、拳で殴ることも可能ではある。だが、それでも闘うにはあまりに人間は無力だ。そこで私は現在、亜仁魔狩りをして報酬をいただく、ということを生業にしている。金銭が重要ではないが、神居の力を借りる為に必要なのだ。相互扶助がこの世の理なのはいつだって変わらない。


そうして今回は、とある山の麓を襲う亜仁魔を駆除しに来ている。以前訪れた時はもう少し木々がざわついていた気がするが、今は随分と静かだ。山がやつれている、という表現が正しいかはわからないが、まぁそんな感じだ。


「おい。誓いを寄越せ。もう奴のテリトリーだ。」


「ほいっす!!」


硬貨を取り出す。

掲げた硬貨はすぐになくなり、刀身が輝きだす。

それに呼応するかの様に亜仁魔が現れた。

今回のターゲットは、山を統べる物の怪、天狗だ。伝承で語られる天狗は知性高く、山に迷い混んだ人間を化かす事で知られる。外見の特徴として鼻が高く、背中の翼で空を舞う。
本来は自分のテリトリー……つまり山を侵さなければ害はない。けれど今回、こいつは街を襲った。彼らの持つ扇が風を起こし、竜巻の様な強風が街に被害を出したのだ。


「汝、你要什么有什么?」


ふいに、語りかけられた。顔を上げると、そこには修験者の出で立ちをした、鼻の高い赤面の男。
昔話で聞いたことのある格好そのままに、天狗が現れた。


「い、今なんか喋んなかった!?」


低く唸る様な声で、確かに聞こえた声。神居に問えば、なにも不思議じゃあない、と返される。


「你失去了什么?」


「ま、また……」


「知ったことか。ほら、くるぞ」


天狗が振り上げた扇を振るう。突如突風が私達を突き抜ける。


「お、おぉお!?、おっひゃああっ~!!」


踏ん張っていた足が中に浮く、片足が浮いてしまえば後は造作もなく体が浮き上がり、私は情けない声をあげて吹き飛んだ。


「何やってんだ!おい、俺を離すなよ!?」


「お、おぉおおおお、おぅぐうっ!?」


なんとか神居を手離さずにすんだものの、後方の大木に頭をぶつけた。一瞬星が見えた気もするが、大事に到ってはいないので気にしない。


「…ホント、しまりのないやつだ。おい、次奴が扇を振るタイミングで俺を地面に突き立てろ。なんとかしてやる。」


「た、頼もしいですぅ…あたた」


ゆっくりと空を舞い、天狗は再び私達のもとへ来る。


「我……想不会恢复到原来的了!!」


天狗が吼えた。

その声は酷く悲しく聞こえたが、やはり何を言っているのかは聞き取れなかった。

天狗が扇を持たない右手を翳すと、無数のつぶてが飛んでくる。


「たーっ!!」


私が思った方向とは逆に切っ先が向かう。

結局私には神居を手離さないようにすることしか出来ない。

がきんがきんと神居がつぶてを払う。

後ろに流れていった残骸は周囲の木々にくぼみをつくった。

止まることのないつぶての嵐に怯むことなく振られる刀。

上下左右に揺られる私。


「お、うぉっ!?おぅいぉおおっ!?」


「おいうるさいぞ!歯ぁくいしばってろ!!」


天狗が左手を掲げた。


「くるぞ!!」


「おぉぅぅいぃっす!!」


天狗が扇を振るう。

突風が到達する前に、神居を地面に突き立て、吹き飛ばされないように足に力を込める。


「おー!!かっくいー!!」


黄金色が刀身から大地に広がり私の周囲半径2メートル程を囲う。刃のような風が私達を襲う。けれど、風は黄金色の障壁に阻まれ、私達まで届かない。


「おい、俺を引き抜いて振れ!!」


「人使いあっらいなもー!!でりゃあ!」

風が止んだその瞬間に神居を引き抜き、その勢いのまま横に一閃。すると、刃の先から銀色の、風を切る衝撃波が天狗に向かっていく。


「な、何これ凄い…っ!!ゲームみたい…っっ!!」


思わず口からそんな言葉を溢すと、その衝撃波が天狗を薙いだ。


「我、我、我……不知道你是不是有什么我喜欢的…………是否疼痛多…………阿亜嗚呼嗚呼!!」


天狗はまた意味のわからない言葉をこぼし最後、雄叫びをあげて消滅した。


「…か、勝った?」


「言ったろ?借りた恩は返す主義なんだよ俺は。」


「ってゆーか、ああいう隠し技みたいのあるなら言ってよね!!そしたらもうちょい上手く動けるのに」


「敵を欺くには……って奴だよ。つーか言ったって変わらんだろーが。」


「むむ、そんなのやってみなくちゃわかんないじゃんか!」


「そのうちな。」


先程より一層寒々しくなった山に、一人の足音が響く。
それにつられて急に、虚しくなった。


「ねぇ……あいつは、天狗は、何を叫んでたのかな。」


ふと、消滅した亜仁魔を思う。言葉らしきものを話した亜仁魔は、今まで出会ったことがなかった。言葉だったのか聞き取ることも、理解することも出来なかったそれが、もしも苦しんでいて、私達に救いを求めていたものだったとしたならば。


「それは考えても仕方がない事だ。それに、俺達が切った。今頃は転生の準備で忙しいだろうよ。辛かった記憶も、苦しみの根源も、俺達が切ったんだよ。それでいいんじゃねぇか。」


「……ふふ、たまーに、優しいよね。」


「あほか。次の獲物を狩る時に躊躇されちゃ困るからだよ。」


私の持ってる刀は、口が減らない。
けれど、何の力もない私が弱肉強食のこの世界で生きていくには、必要な力である。
……そんでもって、いい奴だ。


もうすぐ陽が暮れる。
今回はそれなりの報酬が期待出来るだろう。
晩御飯は何にするか、そんな他愛のない話をしながら、私は今日も何かを切り捨て生きていく。