この国に四季があってよかったなって、私は思う。移り変わりを感じれば、忘れたいことをそこに置いていけると思うから。

雪解けの季節になった。地表から芽吹き出した花を見つける度に、なんだか嬉しい気持ちになる。新しい何かが始まる気がする。
石造りの階段を息を切らせながら上ると、神社がある。今日は天気もいい。ここから見渡せる世界を、絵にしようと思った。絵描きを志してはいるけれど、やっぱりそんなに甘くはない。貧乏な暮らしには慣れたけれどね。
拝殿の階段に腰掛けて、先ずは鳥居の左右にある桜の木を描く。まだ満開ではないが、ちらほらと枝に薄桃色を付けるそれは美しい。そこから射し込む木漏れ日が、この神社に厳かな雰囲気を与えていた。

暫くそうしていると、私はラフを書き上げていた。見比べて、少し木々の臨場感が足りないことに納得出来ず半分を消しゴムでそっと消し去る。その行為を何度か繰り返すうち、大体まとまった。

ふと、自分の絵におかしな点がある事に気が付いた。鳥居のすみに桜の木を見上げる少年を描いていたのだ。

夢中で描いていたから気が付かなかった。いや、それにしたって…。鳥居を見ても、そこに人なんていない。なんだか怖い。ちょっとしたホラーだ。まぁ、景観は損なっていないしこれはこれでいい絵になりそう。ポジティブなのが唯一の取り柄と言われてきた持ち前の切り替えの早さで、ラフのふちとりをしていく。水彩が出来ればよかったのだけれど、残念ながらその才には恵まれなかった。


「…よし、こんなもんかな。」


どれくらい描いていたろうか。随分日が傾いているから、もうそろそろ片付けて帰ろう。続きはまた今度---。

「姉ちゃん、絵上手いなぁ。」

「----っっ!?」

耳元で聞こえた声に心臓が飛び跳ねて、声にならない叫びをあげた。膝の上にある画材一式を落としてしまいそうになるがなんとか持ちこたえる。振り向くと、小柄な少年が立っていて笑っていた。

「へへ、驚いてやんの。」

「……悪ガキだ。悪ガキがいる。」

わざとらしくムッとする。こうすると子供達が喜ぶことを私は知っている。この子もきっと一緒だ。
…ふと、違和感があった。私はこの子に見覚えがあったのだ。確かに、昔は保育園で仕事を手伝った記憶はあるが、もう10年は経った。ならばこんなに幼い少年が、私を知っている筈などないのだ。

「でも姉ちゃん、絵の中に俺がいても驚かないんだもの。此方がビックリしちゃったよ。」

「…へ?…あぁ、これ君だったのか。」

一瞬感じた違和感は直ぐに解消した。しかしまた直ぐに新しい違和感。

「君は…何?」

「俺?俺はたいが。姉ちゃんは?」

「私はつくし。……っていや、そういうことじゃなかったんだけど。」

「なんだよもぅ。まいいや。姉ちゃん、遊ぼうぜ!」

にしし、と歯を見せてたいがは笑った。なんだか真面目に応対するのがアホらしくなってきた。

「……ほぅ。いいでしょ、やってやりましょ。競技はなんだいたいが君。」

今日はもう帰ろうとしていたところだ。彼が何者であるか、それも今はいい。人生という花が開くのは一瞬だ。私達は花弁だ、一度散ってしまったら、もう咲き誇ることなど出来はしない。そこでもうすぐ咲き誇る桜には、なれないのだ。

「かくれんぼしようぜかくれんぼ!!得意なんだ俺!!」

「隠れるのが?見つけるのが?」

「どっちもに決まってるだろ!姉ちゃん、どっちがいいか選ばせてやるよ。」

「ふふん、面白い。じゃあ君は隠れて。私が見つける。」




ーーー色は匂へど 散りぬるをーーー


こうして私達は奇妙にも出逢い、これから少しの時間、共に過ごすことになるのだった。



散花
(其れを美しいと感じるのは何故だろうか)