僕はいつも、決まって窓の向こう側を眺めていた。

青い空、白い雲。時折羽ばたく鳥達が、羽を溢していく。そんな日は少しだけ元気になれる。別にいつもそうあるわけではなくて、鈍色の空は僕の心を少しだけマイナスにさせるし、たまに涙を流すと、窓の向こうは覗くことができない。

とにかく、僕はここからの景色が好きだった。


足が動かなくなってから、もうじき3年になる。

それ自体が悲しいとか辛いとかっていうのは特にない。もともとそんなに出歩く方でもなかった。
ただ。

「…こんにちは。」

「…なにしにきたの。」

ただ、僕を自動車で轢いたこの男を、僕が絶対に許さないだろう。今日も現れた。昨日も、一昨日もその前も。一番最初、男は顔をあげることなく、ただただ顔を伏せ、謝罪した。次の日、金色の髪は坊主になっていて、その次の日はスーツで来た。その間、僕は一度も彼の顔を見ていない。
ただただ、頭を下げ続けていた。

「謝罪を。」

「…あんたさ、もういいよ。」

別に、赦しをこう必要などもうないのだ。慰謝料は払っているみたいだし、3年も経てば許せはしなくとも時効だ。その誠実さが、僕の心の中で醜い感情を助長する。

「きっとさ、僕の人生っていうのは、この部屋からずっと空を眺めている為にあるんだ。あんたはどう?あんたは僕に謝罪する為の人生を送る為にあるの?」

「罪は、償う為にあるんだ。貴方を壊してしまったその日から、私の人生は終わっている。」

呆れてものも言えない。加害者は常に強者である。例えば、声が出ない人間は「火事だ」だとか「助けて」と言えない。今の僕は言うなら「逃げられない」。この世界は精神を重んじる人間がとても多いけれど、精神は肉体的強者に備わるものだ。何も出来ない人間が、「絶対に諦めない」などと言ったところで感動は生まれないだろう。勿論、機会を得ることはあるかもしれないが。

だから、気に病む必要など何もない。今日寝て明日起きた時に忘れているケンカ程度に思えばいい。十分に戒めただろう。この男は。ならば、いいのだ。同じ過ちを繰り返す人間は人ではない。理性も知性も使えないのならば猿以下だ。生きる価値もない。そんな奴はテーブルにある果物ナイフで殺し尽くしてやる。ただ、この男は違う。

「わかりました。では、もう止めにしましょう。僕はあんたの罪を赦します。だから、もう自由です。籠は何処にもない。だから飛んでいけばいい。何処へでも。さようなら。」

「…だが、私は。」

「うるっせぇんだよ!!どっかいけよ!!鬱陶しいんだよ!!毎日毎日萎びたツラ見せに来やがって!!苛々すんだよ!!そう言うの!!」

「…すまない。」

「……もう、いいから。僕のせいで、あんたまで道を踏み外す必要はないんだよ。」

そう、人は失って初めて気付く愚かな生き物なのだ。こんなにも僕は、この男は、あぁ間違ってしまった。だって、知らなかったのだ。本当の仲直りのやり方を。哀しみや苦しみの連鎖の、終わらせ方を。

「……本当に……、すまなかった……っっ!!」

「……どーせまた明日、来るんでしょう?」

「…」

「……僕は、甘いものが食べたい。」

「…!?」

その時、初めて男は顔をあげた。瞳の強さが、彼の誠実さを物語っていた。

「も、もう今日は……帰って。」

「あ、あぁ……」


そうだ、もう終わりにしよう。
不幸を演じるのも疲れる。
本当は欲しいものが沢山ある、から。
あの男を利用して、手に入れよう。
それでいい、まずは、そこから。




終わりのエチュード。
(終わりを始める練習をしよう)