美しい旋律が聞こえる。はじめは弱々しく、だが私の意識が覚醒すると共に、旋律ははっきりと明確な意志をもって私の耳に届いた。穏やかな、そうとても穏やかな。新緑の中で木々のざわめきを感じている感覚の中、ただどれだけ待っても小鳥の囀りは聞こえない。川の流れを感じたかったが、それも未だ訪れなかった。

暫くして、霞む視界が晴れることはなかった。ゆっくりと目を開け、理解する。新緑も小鳥の囀りも、川の流れ等とは決して無縁な、無骨なコンクリートの上で、私は寝転んでいた。じんわりと感覚を麻痺させる、腹部から届く鈍痛が重い。重たい。体が動かない。ただ、旋律が聞こえる。耳殻を細かく振動させて。
不意に唐突に突然に、鋭い痛みが体を突き抜けて、呻き声が出た。

「…まだ、生きていたのか。」

声がした。男の声。途端旋律が止む。目線を動かして、声の主を探った。旋律が聞きたかったのだ。

(どこ。どこにいるの。)

声に出せたかどうかは分からない。少なくとも、腹部が激しく軋んで口から液体が出たことだけは確かだ。

「動かない方がいい。どうせもうすぐ死ぬとはいえ、痛みにもがき苦しむよりは安らかに四肢の感覚を失って無力感の中眠るように死ぬ方が、幾らか楽だろう。」

男の声は聞こえる。目は開いているのだろうか。よく見えない。遠くが赤く光って、ごうごうと音がするから、きっと近くで火事が起きているのだろう。私はただ、男の声を求めた。痛みも苦しみも、あの旋律が聞こえたのなら全てなくなる気がしたから。

(しんでもいい、しんでもいいから、聞かせてよ)

どうしてそんなにもそれがほしいのか、自分でもわからない。よく考えれば、私は自分がどうしてここでこうなっているのかも、私が誰なのかさえ、わからなかった。思考が、私に残された最後の選択なのかもしれない。

「…なぁ、俺は結局、何も変われなかったよ。」

男の声に、後悔は含まれていなかった。その言葉には何か、特別な意味があったのかもしれないが自身の名さえ思い出せない脆弱な記憶と思考では、到底汲み取ることなど出来はしなかった。

「う、たって…」

それが、私に出来る。唯一のーーー。





旋律が聞こえる。初めは弱々しく、次第に震え、とうとう音程を失ったが、それは確かに旋律だった。旋律なのだ。




-rhapsody-

(それは、音で感じるだけではあまりに尊い)