ごり押しでナイト

自称音楽家(SETUZITU)ワタクシ清野の活動情報や雑談,その他諸々晒していくぞのコーナー♪♪♪
皆様,何卒よろしくお願いいたしもぉす!!!
雨降の楯という創作グループ立ち上げました。 僕のお話「Synchronized」がオーディオドラマとなりました! こちらから是非ご覧下さい→http://ametate.cranky.jp

2014/11

窓から溢れる 柔らかい日差しが
木漏れ日の様に 二人を包む

まだ隣で眠ってる 起こさない様に
布団を抜け出す 幸せな居場所

二人でどんな未来を描こうか
持ってる絵の具は少ないけれど
別に綺麗な色じゃなくていい
二人で作ったこの色が好き


貴方と過ごす1分1秒が
この先もずっと続けばいい
そんな想い知る由もなく
隣で眠る貴方が愛しい
そんなヒルヒナカ

起き抜けに伝える「ハロー、愛してる」

ねぇ会いたいよって泣いた日も
くだらない会話で明かした夜も
ありふれてる様な日常が
全て愛しくなっていく
ねぇ貴方の世界はどんな色?
きっと鮮やかな花の色
夢みたいなこの景色が
1つに混ざりあっていく


そばにいてよと願った日も
声張り上げ喧嘩した夜も
流れ星みたいな一日が
二人の今日を彩っていく
ねぇ貴方の未来はどんな色?
きっと木漏れ日みたいな優しい色
幻なんかじゃないこの時を
奇跡だ何て言わないで

だからもっとずっときっと二人どこまでも
疲れたらまたここで休もう
乱反射する輝きを
一つもこぼさないように
ねぇ貴方の今日はどんな色?
きっとそよ風みたいな透明な色
名前のない二人の色が
この胸にずっとあるように

当たり前にあるこんな景色が
いつまでもここにあるように

風速1m/sで人間の体感温度は摂氏1度下がるのだそうだ。
もしもそれが真実ならば、一体今、俺達は氷点下何度の世界にいるのだろう。

「なぁ!!寒くはないか!!」

「えぇえ!?なんかいったぁーっ!?」

「だからぁーー!!!!寒くないかって!!!!」

「うーん!!へいきー!!きもちいーよー!!」

時速80km。俺達を乗せた大型二輪は、地平線の向こうの、そのまた向こうを目指して唯ひたすらに風を切る。
ガチガチと音を鳴らしてしまいそうなところを、どうにか噛み潰す。
子供の前ではカッコつけていたいのが大人と言うものである。

震え上がるほどに冷たい世界の中で、背中から感じる温もりだけが、俺に存在意義を与えていた。無論、当の本人は無自覚だろうが。


話は、数時間前に遡る。

「ねねね、おじさんおじさん!!」

「お前おじさんはないだろう」

「そーんなテンプレ聞き飽きたってー。私がおじさんをおじさんと認識したその瞬間から、もうおじさんはおじさんなの。」

こいつは俺の姉貴の娘。今年で16歳になるそうだ。姉貴一家は実家に住んで足の悪い母さんの面倒を見てくれたり、親父の愚痴を聞いてくれたりしていた。俺も、実家暮らしが長かったからこいつのことはよく覚えてる。いや、覚えていて当然だ。

あろうことか俺は、この娘に恋してしまっていた。

「あーあーわかったわかった。で、何の用だ?」

そう言いつつコーンスープを出す。
漸く冬は抜けたがまだまだ寒い日が続くだろう。
少女は図々しく、どもー、っとスープを啜る。
コーンスープが好きなのも把握済みだ。
それだけ長い間過ごしてきたのだ。

「おじさんバイク乗るんでしょ?私も今年遂に免許がとれるのでー、そのーなに?バイク、貸して?」

「帰れ」

「えーいいじゃんいいじゃん!ほら、私有地なら乗っても平気みたいだし」

「だめだ。傷でもつけられたら大変だ。それに、免許がとれるのは原付で、俺のは大型だ」

「いやいやいやいやいや…。こんな年端もいかないいたいけな美少女のお願いを無下にする気?おじさんはそんなに心の狭い人間だったわけだ?」

「ほう、お前にしては面白い冗談だ。で、何処に美少女がいるって?」

「もー、ケチ!!」

「ケチで結構だ。お前、そんなことの為にわざわざ来たのか?」

この家までは実家からローカル線で5駅ほどある。
電車やバスでも不便な片田舎だ。
実際、少し外れにいけば見渡す限り広がる田畑以外何もない。

内心喜んでしまっている自分に腹が立つ。
共に暮らして、これ以上の劣情が自分を満たしてしまう前にと、俺は家を出たと言うのに、どういうわけか日に日にこの醜い感情は肥大していく。
それをどうにかこうにか噛み殺していると言うのに、何も知らないこの少女は、あろうことかづけづけと家に上がり込み、だらだらとソファに寝転がる。
随分女らしくなったものだ、気が付けば上から下までを何度も見ては、いかんいかんと首を振り、苦いコーヒーを流し込む。味はよくわからなかった。

「むー、なにさなにさ!折角私が会いに来てあげてるって言うのに!!」

「…別に、頼んじゃいないさ」

「またそういうこと言う!!もう知らないんだかんね!」

沈黙。
ソファのクッションに顔を埋めて、少女は動かなくなった。
苦しい。
何故、何故こんなにも苦しいのだ。
何故、こんなにも愛しいのか。
随分面倒なことになったものだ。

「おい」

「……」

「……はぁ、仕方ない。」

「乗っていいの!?」

このやろう。調子に乗りやがって。
そうしていれば俺が折れることを知っていてやっているのだ。
それがわかっていても、どうしようもない俺も俺だが。

「……後ろならな。運転は俺だ。」

「えー?まぁ、いっか。ありがとおじさんー!!」

「引っ付くなっての。これ着とけ。」

上着を渡す。漸く暖かくなってきたとはいえ、バイクに乗るなら厚着した方がいい。

「お、もっふもふだ。あったかーい。」

渡した上着を身に纏い、首回りについている何らかの生物の毛に頬を擦り付けて柔らかい声を出す。
そんな仕草を見てついつい緩む顔の筋肉をこれでもかと強張らせ、家を出る。




以上が、事の顛末である。
そうして俺はエンジンを吹かし走り続けていたのだった。

「おじさーん!!」

「あぁー!?」

どうせ周囲には人っ子一人いないのだ。
それならばと年不相応に叫べば、喉も枯れる。
帰ったら蜂蜜入りの飴でも買うか。
そんなことをぼんやり考えた。

「いつも、ありがとねー!!」

「姉貴に、めーわく、かけんなよ!!」

「わかってるー!!」

何か叫ぶ度、腰にまわされた手に力がこもる。
弛んだ腹がばれやしないかヒヤヒヤする。
馬鹿にされる前に、鍛えるか。

「そろそろ折り返すぞ!!」

「えぇー!!?もっと行こうよー!!」

「ったく、しょうがねぇクソガキだなホントによ!!」 

「よっしゃー!!おじさん、だいすきー!!」


これでもかと握り込むアクセル。
信号も少ないこの道はウェスタン映画の様だ。
生憎と、映画の主役には不相応のあべこべな二人ではあるが。
陽が暮れる前には、ちゃんと家に返そう。


ーーー人の気も知らないで、このガキ。


まぁいい。先の事など。
後で幾らでも後悔してやるし、反省もしてやる。
なんなら一緒に、姉貴に頭を下げに行こう。
だから。
だから、今だけ。



-horizon tale-


(願わくば、このまま二人、どこまでも。)



「ねぇ・・・まだ?」

本日何度目かの、あたしの言葉。
明らかな不服の色を混ぜて。

「んー・・・もうちょっと!」

そしてこちらも、本日何度目かの彼の台詞。

うへー、まじ?
そう零し、震えが止まらない体を抱き抱えた。
くわえた煙草は、ここに来てからもうすぐ2箱目がなくなる。
煙は夜空に吸い込まれ流れていく。

すっと、隣にいる彼の顔を覗き見る。
数時間前の彼の顔には希望が溢れていたが、現在その顔は不安げに曇っていた。

次に、腕の時計を見る。もうすぐ深夜1時を迎える所だ。

「ねぇ・・・まだ?」

「んー・・・・・・もうちょっと」


ーーー。


「よし!星を見に行こう!!」

彼がそう言い出したのが、午前10時。あたしは、あんまり乗り気じゃなかったから、なんで?っと聞き返す。

「だって、ユイ都会っ子だろ?夜空に輝く満天の星を見てみたいって思わない?」

「思わねっす」

「ひどい、このひとでなし!お前には心というものがないのか!」

そんなこと、言われましても。
口には出さず溜め息を零して、あたしは煙草を取り出した。
彼は眼前で沈んだ顔をしている。

「・・・タカヒコ。何処まで行くの?それ」

彼の名を呼んで、そう聞いた。

「え?あ、ああ大丈夫。隣の県までぶっ飛ばして山登れば直ぐだから。」

急にテンションを上げだして、彼は地図を取り出した。

「ふーん・・・車で5時間ってこと?で、それは誰が運転するんですかね?」

ぐっ、という声を出して、それからなんだか今にも泣き出しそうな顔を上げて、彼は呟いた。

「ユイは、めんどくさい?」

そんな顔するなよ。あたしが悪いみたいじゃん。
煙草の火をもみ消して、口にする。

「・・・準備するか、それじゃ。何時出発?」

「・・・ありがとうユイ!んーそうだなぁ、8時くらい?いや、9時くらいに着きたいから…4時頃出発にしよう。夜遅いほうが綺麗だし。」

ほんっと、調子いい奴だ。
そんな彼の我が儘を聞いてあげてるあたしも、どうかしてるなホント。


結局家を出たのが、午後3時過ぎ。
道路の混雑を予想して、少し早く家を出た。
季節柄、寒くなるそうなのでコートを車に積んで、車に乗り込む。

勿論、運転手はあたし。

「こっから高速乗って、後はずーっと走り続ける感じみたいだよ。疲れたらパーキング行っていいからね?無理すんなよ?」

「わーかってますよ。あ、高速の料金は?」

「・・・ご、後日で。」

「・・・了解。」

そしてあたしは、イライラを足に込めてエンジンを吹かす。
直ぐに時速は120キロを超えた。

「次ちょっと休憩するよー・・・タカヒコ?」

ちらっと左を盗み見る。
アホヅラ満開で眠る彼に、一瞬殺意が芽生えた。

ねるかふつー?

物凄い速度で景色は流れていく。
残念ながらあたしにはそれを見る時間はなかった。
どんなにそれが絵画になるような素晴らしい風景であっても、一々それに感動はしていられない。
よそ見ばかりしていたら、なにも得られないからだ。

高速道路は、人生のようだ。
目を逸らしていては事故を起こしてしまうから、すっと正面を見据えて、自分が行きたい場所へ辿り着いた時に、降りればいい。
私は未だ、高速道路を走り続けている。

いつからだろう、そんな事を考えるようになったのは。
歳を取るのに比例して、くだらないと目を背けて。
そんなものより、煙草の値段は安くならないだろうか、とか考えている。
あたしがこの出来の悪い彼に惹かれたのは、自分に持ってない様々なものを持っているからだと思う。
彼と一緒にいると溜め息ばかりが零れるが、同時に笑う事も多くなった。

それを幸せだと認めるのは、なんだか悔しいので彼には言わない。

自動販売機でコーヒーを買う。
一応、二人分。
平日というのもあって高速は空いていて、パーキングエリアには車が数台止まっているだけだった。

ガチャ、とドアの開閉音が聞こえる。振り返れば、申し訳なさそうに近寄ってくる彼。

「ゴメン、ユイ。寝ちゃってた。」

あたしは彼に向かって缶コーヒーを投げる。ふわりと中を舞って、それは彼の手の中へ。

「・・・夜更かしするんだから、今のうち眠っときなさい。あたしなら、大丈夫だから。」

「ーーー優しいなぁ。ユイは。」

嬉しそうに微笑んで、彼はあたしにそんなことを言う。
本当に、無邪気な奴だ。そんな顔でそんな事言われたら何も言えないじゃないか。

「はは、あんたにだけだよ。」

照れ隠しに笑ってみる。
随分わざとらしくなってしまった。


ーーー。

「到着!!」


「やっとついた・・・」

目的地に到着したのが、午後8時30分。飛ばした甲斐もありちょうどいい時間に着いた。が。

「・・・空、曇ってるね。」

確かに、見晴らしのいい場所だった。
どこで調べたのか中々いいスポットであるのは伺える。
が、しかし。
見上げた空は曇天で星を垣間見る事は叶わなかった。
あたしはそっと呟いてコートを羽織る。

「あれ?おかしいな、天気予報晴れだったのに。」

彼もコートを羽織り、ケータイを開いて天気予報を確認している。

・・・もしかして。
嫌な予感がして、彼のケータイを覗き見る。案の定というか、もう、どうして。

「・・・ここ、隣の県だって言ってなかった?」

驚愕の顔のまま、彼の顔は固まった。
あたしは既に何度吐いたか分からない溜め息を零した。

「・・・あっ、時間割で見たら、10時には晴れるみたいだよ。そ、それに山の天気は変わりやすいから。もう少し、待ってみよう?」

気を取り直して、なっ、と彼は再び持ち前のポジティブ思考で晴れやかな顔をする。

「・・・ここまで着たら、付き合いますよ。」

あたしはそう言って煙草に火を着けた。


そして、現在ーーー。


「さ、寒くなってきたしさぁ、ほん、ほんと、もう帰ろう?ね?」

「・・・」

耐え切れず彼に懇願する。
時刻は間もなく深夜2時。
限界だ。
しかし、それは彼も同じだったらしかった。

「タカヒコ?」

「………。」

彼は必死に堪えていたが、両目からは大粒の涙が溢れていた。
彼はそれでも空を見上げている。

「・・・こ、こらこらっ女の子の前で泣かない。男でしょ。」

あたしは焦った。もういったいなにがなにやら。
それでも空は曇天のまま。
彼は小さく呟いた。

「だってよぉ・・・見せたかったんだよ。最近ユイ仕事かなり辛そうだったし、でもなんもしてあげらんなかったしさぁ、情けなくて・・・でも、ダメだった。迷惑かけてばっかりで。なんで俺、こんなにだめなんだろう?結構必死なんだけどな・・・頭悪いからかな・・・ごめんな、ほんと、ごめん・・・」


それきり、なにも言わなくなった。


あぁ、彼には伝わっていないのか。
あたしがどれ程満たされているか。

こんなにも、あたしを思ってくれている人がいて。
こんなにも、悩んでくれている人がいて。

それ以上の喜びが、一体どこにあるというのだろう。

彼にゆっくり近づいて、唇で頬に触れる。
え、と呆けた顔をして、彼はあたしを見た。

「・・・別にさ、無理しなくていいんだよ。気を使ってくれたのは凄く嬉しい。今日の気まぐれが、本当はあたしを思っての事だった事も。でも、そんなことしなくてもあたしは十分助けられてる。一緒にいてくれて、馬鹿やって。あんたが出来ない奴だってことは十分理解してるし、その上で一緒にいるんだ。迷惑だなんて思うはずないでしょ。」

そこまで話して、彼をそっと抱きしめる。
これで、伝わってるだろうか。

「でも・・・やっぱりなんかしてあげたいんだ。遊び行ったりとか、旅行行ったりとかさ。でも、そんなの俺じゃ絶対上手くいかないと思ったんだ。だから、星を見に行くくらいならって。」

彼の体は震えていた。優しく撫でながら、あたしは彼にねだる。

「・・・そんなのいいからさ。」

「え?」

少しだけ間をあけて、ちゃんと届くように。

「そんなのいいから。好きって言って?」


それから、暫くそのままで。
彼は、とても暖かった。


ーーー。


「へくしょい!ーーーあー、くそー・・・」


次の日午前11時。
咳とくしゃみが止まらない彼の顔は赤く、熱を計ると38度5分だった。二人掛けのソファで横になりだるそうにしている。
あたしは休みを貰って彼の世話をすることにした。

「そりゃあね、あんな時間まで外にいれば風邪も引くって。」

「じゃあなんでユイはへーきなんだよ・・・あたっ。」

頭に熱を下げるシートを勢いよく貼ってあげる。

「それは・・・なんでだろ?はいお粥。」

「ありがとう・・・」

彼はゆっくりと起き上がり、ご飯を食べ始めた。
それと同時に、あたしは煙草に火を着ける。


「ごちそーさま。あーだりぃ・・・」

「はいはい、ソファなんかで寝てないで、布団に入る。今日はもうあったかくして眠ってなさい。大人しく。」

「はーい。」

返事をして、彼はもそもそ布団まで這っていく。

彼が食べた食器を洗っていると、彼があたしの名前を呼んだ。

「ユイー」

「なに、どうしたの?」

「好きだよ。」

「・・・あのね、そりゃ確かにそう言ったけど」

嬉しそうに笑う彼を見て、なんだかもうどうでもよくなって。

「・・・仕方ない。嬉しいからサービスで添い寝でもしてあげようじゃない。」

「やったぜ、いぇーい・・・」

こんな生活に溺れるのもまぁ、悪くない。
そんな風に考える自分がいるのだった。


膝を抱えているわけにもいかないし
せめて上手に笑っていよう
一人で生きてくわけにもいかないし
せめて迷惑はかけないよう

痛がりな心が もう辛いよと軋むから
もう少し向こうまで
誰の声も届かぬ場所へ

だって怖かった だって怖かったんだ
嫌われるのも 見離されるのも
だからやめて だからやめてよ
こんな私に 優しくしないで


目に見えないものは信じられないし
せめて誤魔化していよう
欲しいものはいつまでも増えてくし
せめて騙されないよう

締め切った窓のカギ 何度も確かめて
カーテンを閉めれば
もうそこは私の居場所

だって怖かった だって怖かったんだ
嫌われるのも 見離されるのも
だからやめて だからやめてよ
こんな私に 優しくしないで
お願いだから、期待させないで



あたしは、もしかすると病気なのかもしれない。

…え?やだなぁ、身体はほらみて、この通り。至って健康だよ。
この歳になるまで風邪なんか殆どひかずに生きてきたんだから。
でね、そうじゃなくってさ。
あたしが言ってるのは、頭。脳の病。
心の病なんてよく言うけど、あたしは心なんて身体のどこ探してもないって知ってる。あるのは、脳。思考する力。

そんな事を考えてる今はビルの屋上。
煙草の一つでもふかしていればかっこいいのかもしれないけれど、残念。
あたしは昼食後のご褒美、飴を口に含んで転がしてる。
んー、あまー。シアワセ~。
休憩時間なんて久々に貰ったけど、そんなの唯の気まぐれ。
あたしの職場にはそういった決まりがない。
ブラック、かと言われれば、違うんじゃないかな?
あれってお仕事の出来ない人間の言い訳でしょう?
あれ?違うのかな?まいっか。


それでーーーなんだっけ?
・・・そうそう!脳の病の話だったね。
あたしとしては一般的に言ううつ病とか、そういうのではないと思うんだけどね。
だって、あんなの唯の思い込みでしょ?
誰だって一度は「どうして自分は生きてるんだろう」とか「死にたい」って思うだろうし。
それってでも普通な事だよ。理由なんて求める方がちゃんちゃらおかしい。
結論、自分がいなくても世界はそれほど大差なく廻り続けるからね。
あたしはそれを、大人になってから気付いたけれど、はっきり言ってそういうのってもの凄くどうでもいい。
楽しいこととか嬉しいことがあったら、それだけでいいよ。
理由なんてものがもし必要なら、生きていたいからってあたしは答える。
間違ってると思う?
…うん、確かに、誰かにとってはこれが答えではないのかもしれない。
これはあたしの考えだからね。
そうだ、折角みんなそれぞれ違った人間として生きてるんだからさ、この際自分探しの旅にでも出てみたら?

なんて、昼休憩を終えるその時、あたしは屋上であたしに群がるカラスに話しかけていた。
話を聞いてくれたお礼に、食べ切れなかったパンのかけらをあげて。
あたし的、希にある休憩の有意義な過ごし方。
そうしてまたいつ終わるかもわからない仕事をするのだ。
ひとり、黙々と。
それがあたしの日常。日常…。
日常かぁ・・・そんなもののせいで、あたしは世界に溶け込んでしまって、とうとう誰からも見えなくなってしまうんだろうな。
1番隅っこで無心で作業をしていれば、いつの間にか今日が終わって、帰ったらまたピーナッツと缶ビールを開けて、つまらないテレビを流し見ながらソファで寛ぐんだ。
・・・親父くさい?
自分でもそう思うよ。


夕暮れなんかとっくに通り越して、夜の街。
あたしは漸く作業に一段落つけて家に帰る事にする。
あぁ、誤解しないように補足すると、別に夜の街に繰り出すわけじゃなくて、住んでるのがそっちの方ってだけ。
ふっと顔をあげると、看板持ったお兄ちゃんはおじさんとかお兄さんに片っ端から声を掛けてて、スーツを着た金色長髪の兄ちゃんは可愛い娘を選んでは声を掛けている。
え、やだなぁ、悔しいとか思ってないよ。
あたしは別に声なんて掛かってほしくないし、掛かったとしてもごめんなさいって言うだけだし。
それならお互い、嫌な思いはしないでしょ?なんて考えてたら、眼鏡を掛けたおじさんに声を掛けられてドキッとした。
勘弁してよ、見たらわかると思うけど、私は早く帰りたいんだよ。
そんな気持ちはは一切伝わらずに、あたしはひたすら隣を着いてくるおじさんに謝り続けた。
あたし悪くないのに!

そうして辿り着いた真っ暗な部屋。
寂しいなんて思わないよ。
別に初めから生きていたいと思う人はいないし、生殖を行う為にあたしが生まれたのならこんな自由はいらないのだけれど、煩わしいものが何一つないこの部屋は静かで、居心地がよかった。
電気をつければ、瞬間広がるあたしの居場所。
そんな風に考えたら、なんだかこのボロアパートも愛しく思えたりしてこないかな?
ドカッと音を立てソファにダイブする。
毎度の事だけどこれが堪らなく気持ちいいんだよね。
あ、そうそう忘れちゃいけないのが、こう、ゴロンってした後にもお酒に手が届くように、冷蔵庫は直ぐ傍に設置してあるんだ。キンキン・・・までいかなくても、それなりに冷たい、ほっぺに当てたらひゃあっ、ってなるくらいには冷えたそれをテーブルに置く。
ここからがお楽しみタイムな訳ですよ!
プシュッと良い音を上げて口を開き、グビッとアルコールを流し込む。
体に電流が流れたみたいで気持ちいーんだよなこれ。

誰もいない部屋。

テレビの音とあたしの呼吸音と時計の音。

たまに聞こえるあたしの笑い声。

そんな音であたしの日常は作られている。
随分質素な生活してるよね?
そう思わない?
誰に言うでもなくただただ流れるテレビ画面を、その向こう、人々に愛される仕事をする彼らを見た。
殺してしまいたくなるくらい憎い。憎い・・・とは、ちょっと違うか。
何て言えばいいのかな。……そうだ、妬ましい。この言葉がきっと一番ピンとくる。まぁ、どうでもいいけどさ。
あぁ、きっと、あたしはこの平坦な日常に慣れすぎておかしくなってしまったんだな。
ぐすん、とお酒を一口。
うん、おいし。
君だけは、変わらないでいてね。
ずっとずっと、おいしいままでいてね。
やがてテレビからあたしの意識は遠のいて、自分の意志も遠のいて、ぱたっとテーブルに突っ伏して夢の中へ旅立つ、ぼんやりとする意識の中であたしは自分の空虚を認識した。


ーーー夢を見た。あたしが中学生くらいの時の夢。


当時のあたしは誰からも愛されたくて、一生懸命勉強したりお稽古したりしてた。
でも、あたしはいっつも二番手。
やっぱり、何処にでもいるんだよね。敵わない人って。
それが悔しくて悔しくて、もっと一杯頑張ったよ。いろいろとね。
どれだけ成績がよくても、コンクールで賞をとっても、あたしにスポットライトは当たらない。

いつの間にか、あたしはそういう人を憎んでた。

ずるい、貴方は何もしていないくせに、なんでも与えられて。
そう思うようになってからは、あたしを見てくれない人達までもが憎かった。
同時に、必死に言い訳をした。
自分が勝てないのは、自分のせいではないのだと、自分自身を騙す為に。

だから、あたしは人間が嫌い。多分世界中で一番に、ね。

あぁ、振り返るのは別に、そんなにつらくなんてないよ?
でもだから、一人ぼっちで誰とも接しないようにして。
ずっと、ずぅっと、あたしはそうやってひとりで生きてきた。

深いため息をついた。

思い出。
思い出。
そういえばあたしには、振り返って楽しい思い出なんてない。

友達とわいわいとか。
バレーにかけた青春・・・とか。
恋の話も。なにも、ない。


なんで、どうして、こうなっちゃったのかなぁ。


そんな事を考えると、全然、ぜんっぜん意味わかんないんだけど、涙が出てきそうになる。
でも絶対泣かないよ。
だってそれって、負けを認めてるみたいじゃん。
「お前の人生は、間違ってる」って、言われてるみたいじゃん。
違う、正しいよ。
なにもかも。
あたしは何も間違ってない。
きっと死んで生まれ変わったとしても、同じこと言うよ。
同じ選択をするよ。だって、正しいから。


・・・ふぁーあ。
気が付くと、時計は深夜3時を少しまわったところ。
テーブルに突っ伏して眠ってたもんだから手から何からよだれでべったべた。
むむ、そんなに良い夢は見てないんだけど、口元はしっかり緩んでたんだね。
何だか悔しいぞ。ぶーぶー。
一人遊び、ってこんな感じ?
誰もいない空間に話しかけて返答を予想して返事をする。
一人会話、かな。
考えながらシャワーを浴びる。
温かな温度が私の四肢を包む。
頭からシャワーを被り、髪の毛をわしゃわしゃ。
あーきもちーなー。


だから、後悔のないように生きなければならない。
あたし達に与えられてる時間の短さを考えたら、それは言われなくてもわかってしまうくらい当たり前なことなんだけどさ。

どういう訳か人は、やらなきゃいけないことをしない。
例えば、ご飯を食べたり、睡眠をとったりすることさえも。
最近じゃ自分で勝手に息をするのをやめてしまう人もいる。
おかしーよね。
でも、誰かにその事を咎められたりしないのだから、別に構わないのかも?
そんな事言うあたしは、もうどこか、感覚が狂ってしまってるのかな。
前にも同じような事言ったけど、これは今世界中で流行ってる脳の病気。それの一種。
時間が経てば治るかなって思ってたけど、無理みたいだよ。

あたしの世界は、小さく小さく同じ事を繰り返してる。輪廻みたいだねって言ったら、ちょっと頭良さそうだね。
こうやって、あたしはまた後悔から逃げ続ける。

未来はいつまでもそこであたしを睨んでいるんだ。



ーーーーーなに?また夢?ーーーーー



あたしは直ぐにそうだと気付いた。
よく見慣れた光景。
誰かがまた、あたしを蚊帳の外にして称えられている。

死んじゃえ。

そう心の中で呟いた瞬間、世界はふっと暗くなる。
男の人も女の人も、叔父さん叔母さんお姉さんお兄さんお父さんお母さん。
皆が一斉にこっちを振り返りあたしを見る。




「「「お前が死ね!」」」




わぁ、っと気がついたら跳ね起きてた。
情けないよね、汗びっしょり。
どれだけあたしの邪魔をするんだろう。
いや違うなきっと。
これは、あたしへの罰なんだよね。
当たり前の事をしないで、自分一人で生きて来たみたいに振る舞って。
そりゃあ神様も怒るさ。
まだ起きるにはちょっとだけ早くて、どうしようか迷った結果、汗が気持ち悪いからもう一回シャワーを浴びることにした。


結局ろくに眠りになんてつけなくて、あたしは早朝のきらきらした街を散歩することにした。
なんの気休めにもならないかもしれないけれど、何もしないよりはましだったから。
犬の散歩をするおじさん、新聞配達のお兄ちゃん、ジョギングしている少年。
そんな人達とすれ違って、あぁ、ここはなんだか知らないところみたいだなって思った。
あたしはどう頑張っても、その景色に溶け込むことは出来ないんだろうなって。
朝焼けっていうのかな、わかんないけど、その輝かしい朝はあたしには眩しすぎて、結局その光に背を向けて、家に帰ることにする。
そうだ、久々に朝ごはんを食べよう。
最近朝はコーヒーだけだったからなぁ。
何を作ろうか、やっぱりめんどくさいからトーストでいいかな?

そうやって平常を装って、どう考えたって矛盾した思考しか生み出せない自分を押し殺して、あたしは家路へと歩を進める。どうせ未来なんて誰にでも等しく訪れるんだから。

結局少し早く家を出て、職場で作業を開始する。
・・・こんな時、あたしはやっぱり病気なんだなって思う。
周りの音も一切聞こえなくなって、ひたすらに作業を続け、そしていつの間にか昼休みなんて過ぎ去って、さらには夕日が出て紅く辺りが染まるまで。
誰とも何も話さずに。
あたしは自分が無心であったことに気付き顔をあげて、そう、なんか夢を見ているときに似てるかも?
だって、頭の中では一杯いろんな事話してたのに、周りには誰もいない。
・・・独り言?ぶつぶつ口からでてたらやだなぁ、なんだか恥ずかしいじゃん。


「あの・・・事務所もう閉めるんですけど・・・」

「は、はぁーい、でまぁーっす!」

恥ずかしながら肩を跳ね上げてしまった。
振り返りぎこちない営業スマイルを駆使し手を振る。
因みに、営業なんかにあたしは言ったことがない。
今日初めての会話は、陽も落ちた頃合いだった。
でも、他人に言葉をかけられたのは結構久々だったりする。

見た事のない人だった。
ぼさぼさの短髪で、所々寝癖で跳ね上がっている。
身長はそりゃあたしよりでかいよ男だし。
これは偏見。でもすっごく身体細い。
もやしっ子って彼みたいな人の事言うんだろうな。
眼鏡を持ち上げながら、ゆっくりとこっちに近づいてくる。

「お疲れ様です。」

「キミ、何処の人?あ、新人さん?あたしは随分とここにいるけど、他人との交流ゼロだからあんまり顔覚えてないんだよねぇ。」

あたしが笑うとつられて彼も薄く笑った。蒼白の顔。

「いえ・・・本日付でここを辞職する者です・・・デスクを片付けていたら、こんな時間になってしまって・・・事務所で経理をやらせていただいてました。」

疲れた笑いかた。
察するに、潰れてしまったんだろうなと思う。
瞳は、光を失っているみたいに黒く黒く、夜の闇に溶け込んでいた。
眼鏡のフレームが蛍光灯を反射している。

「そっかぁ、お疲れ様でした!」

彼にかける言葉が見つからなかった。仕方なく、あたしは笑いかけ握手を求める。
冷たい手が、あたしの熱を奪っていく。


「僕は貴方を知っていました」

「へーホント?それはなんだか申し訳ないなぁ」

「よく屋上にいるでしょう?あそこは立ち入り禁止ですよ」

「あぁ、それで知ってたんだ。見逃してくれてありがとっ」

すっと視線を合わせると、相変わらずの覇気の無い瞳。
この人は今何を考えているのだろう。

「それに貴方は、内部の人間にはかなり有名ですからね。一言も話さない、ロボットがいる、と。」

「あらら、そんな風に受け取られているのかぁ。でも、人の評価には興味ないよ。あたしは」

「…そういう考え方が、僕も出来れば良かったんですけどね」

「う~ん、あんまり気にしないタイプだから。君!世の中は広いのだよ、世界には君の言う常識が通用しない世界もあるのだ!」

ちょっとふざけて言ってみたんだけど…あれ、逆に顔が引き攣っている?おっかしいなぁ、あたしに言わせれば、今のところであきれたり、苦笑しないあたり、君も人のこと言え無いんじゃないの?って感じだけど。

「貴方は、本当はとても面白い人なんですね。」

「そんなこわ~い顔して言われてもなぁ…ってそうだ、もう閉めるんだったね。」

「えぇ、まだ作業するようでしたら……」

「あーいいや、最後はめんどくさいからあたしも出るよ。それにしても、今日は皆随分早いねぇ。」

「明日から業者の清掃が入るそうですから。もう僕には関係ないですが、3連休です。」

「えぇ、そうなの!?それくらい教えてくれてもいいのにね!」

「…まぁ、愚痴は外に出てからにしてください」

「と、ごめんごめん。」

なんだかんだ、言って待っててくれる彼。
なんだかんだ、いい奴ではないか。
などと内心ほくそ笑んでいると、「なにニヤニヤしているんですか?」と指摘された。
それは、ほら、処世術ってやつだよ。
とりあえずヘラヘラしてたら大体のことは上手くいくからね。
ワラウカドニハってやつだね。うん。

「悪いね、なんか待たせちゃったみたいで」

結局、あたしは彼と一緒に会社を出た。
いつもより大分早くに出たからまだ外は明るみを帯びている。
沈んでいく夕日を見ると、ゆっくり死んでいってるみたいだなぁって思う。
そうやって今日が死んで、朝がまた生まれるの。
とか言ってみたり。
でも未だに不思議。
自分の立っている反対側にも、誰かが生きていて生活しているんだ。

「・・・いいえ、一人だと出ずらかったのでちょうど良かったです。寧ろ感謝したい気分ですよ。」

彼はキーを会社のポスト(隠し場所なのだ!)にいれて、少し照れながら言う。やっぱり名残惜しいのかな。

「・・・そっかそっか。やっぱりやめたくなくなった?」

「いえ、そうではなくて・・・何だろう、悲しい・・・のかな。」

そういう照れた顔して言う台詞じゃないと思うけどね。それが君らしさってやつなのかな。

「悲しくても後悔してないならあたしは君の選択は間違ってないと思うけどな」

「そうですかね」

「うん、そうだよ」


二人で暫く、ビルを見上げていた。


ーーー名を呼ばれて、うん?っと振り返った時、彼は泣きそうになるのを堪えて、バレバレの癖に、それでもなかった事の様に努めて、あたしにこう聞いた。


「僕は・・・生きていて良いんでしょうか?」


あたしは間髪入れずに答えた。


「別にいいんじゃない?」


そう言って笑った。
彼が強がって本当を隠すから、あたしも言いたいことは伝えない。
だって、人間って生き物に限らずにさ、どういうわけかこの世界に理由を知らされず生かされたあたし達には、君の言う質問の答えを持つ事が出来ないんだ。
君はそれを知っていてあたしにそう聞いた。
それってずるい。
あたしの生き方を揶喩的に求めてる。
そんな卑怯者には間違った答えしか上げないよ。
あたしは、善人ではないからね。
どうやら彼も、あたしの言葉の真意に気付いたらしく、泣きそうな顔を更に歪めて息を深く吐いた。

「・・・生まれたことを、後悔したことはありますか?」

「ん~、考えたことないなぁ。・・・あ、勿論、これからも考えないよ?」

彼がなにかを言う前に、あたしは答えを言った。
だから、だめだよそれ。反則反則。
そして彼は、すべての言葉を飲み込んでぼそりと呟いた。

「もっと早く、貴方に会えたらよかったのに」

「あら、もしかしてあたしに恋しちゃった?」

「…もう、いいです。」

「ふふ、ド-ンマイ!」

悲しそうなその言葉も声も、ドンマイ!とニコニコしながら言えたなら、少なくとも生きていることは出来たかもね。
あたしみたいに。
最後、呆れたみたいに笑った彼は、もう生きていなかった。


二人並んだ帰り道。
他愛ない話をした。
勿論、一方的に。
人と仕事以外の話をするのはいつぶりだっけか。
あ、昨日のおじさんはノーカンで。
彼はあたしの話を聞いているのかいないのか、俯きがちにぼぅっと、歩いていた。
それでもあたしはお構い無し。
だって、彼、黙ると泣き出しそうなんだもの。
だからこれは、あたしからサービス。
男の子は誰だって、泣き顔みられたくないものなんでしょ?

「では、僕はここで・・・」

そして、分かれ道。
ここでお別れ。やっぱりちょっと寂しいから、最後にこんな言葉をかけた。

「ね、きっと新しいことに挑戦してみたらいいよ。君が思っているよりずっと、楽しいこと一杯あるよ!辛いことよりたくさん、ね!」

精一杯、にかっと笑ってみせた。まるであたし、自分にいってるみたいだとおもいつつ。

「・・・そんなこと、思ってもいないくせに。」

「ありゃばれた?ふっふーん、頑張れ若人よ!!」

「それでは、これで。」

「うん、バイバイ!」

そういって手を振っても、彼からそれについての応答はなかった。
・・・まぁいいや。早く帰ろっと。


え?それから?
んーわかんない。
ただ、連休中にビルから飛び降りた人間がいたみたいな話をしてる人がいたよ。
でも、あたしには関係ない。


仕方ないよ。
受け入れてほしくても、辛くて寂しくて苦しくてどうしようもなくても、いつまでも手を差し延べられるのを待っていて、助けてってすら叫べない。
え?あたしのせいで死んだんじゃないかって?
ーーー確かに、あたしが彼に優しくして、彼に助けの手を出していたら、彼は死んでなかった。
でも、結局人は死ぬんだ。
なのに、その限られた人生の中ではっきり言って必要性を感じない人間を無為に助けて、そのあとは?そのあとはどうなるのかな?
あたしはずっと、彼が死なないように手を貸さなきゃいけないの?
そんなの無理だよ、あたしの人生は一回きりだから、誰かに分けてあげたくなんかない。
それにーーーきっとそんな風にあたしが助けても、彼はきっとその内自分で命を絶ってたと思うよ?
ま、そんな話してるのも時間の無駄。


でも。
でも。

ーーーでもね、ちょっと寂しいよ。


あたしは休日の昼間から酒を飲み、もう流すことの出来なくなった彼の分の涙を流した。


ーーーね、解ってもらえたかな?
あたしが病気だってこと。
でも、実はそんなのもうどうでもいいんだ。
あたしはもうずっと前に人って生き物である為に必要だった何かを失ってしまったから。
これは当然の結果。
だから、仕方がないよ。
そうやって自分に何度も何度も言い聞かせて、漸く笑って生きられるようになったのに。
あたしも、彼の事言えないなぁ。
強がって、隠して、偽って。そうであることが当たり前になっちゃった。
誰が悪いかって勿論あたしだけど、別にその事について誰かに言及なんかされても困る。
あたしだって、なりたくてこうなったわけじゃないからね。さっきも言ったけど、仕方がなかったんだ。

あ、日付変わった。
あたしはこれから久しぶりの連休を堪能することにするよ。
長々と独り言に付き合ってくれて、ありがと。
それじゃあね。



-so sick-


(誰か、あたしを治してよ)


満たされたいと思ってた
どれ程取りこぼしても
自分は特別なんだって
何かになれる気でいた

意味がないと思ってた
その他の邪魔な感情
振り替えって見渡せば
ほら、ひとりぼっち

きっと、
誰もが輝きたくて 必死で生きてる
愛されたいと願うだけじゃ
どこにも居場所なんてないんだ
此処で叫んでいたら 僕を見つけてくれますか?
安っぽい期待と 吐いて捨てる絶望
僕はただのゴミ屑


時が解決すると思ってた
沢山の失敗も後悔も
抱えきれない嫉妬をすべて
吐き出したくて今日も歌ってる

きっと、
欲しいもの一つでさえ 手に入らない
それなのにこれ以上
一体何を求めるの
其処へ走って行けば 手をとってくれますか?
握りたかったその手は 他の誰かと繋がって
ほらやっぱりいらないんだろ

ひび割れた硝子だって
太陽くらい反射するさ
濁って霞んだこの僕を
どうしたら愛してくれますか?

いつか、きっと。
何かを失って また思い出した時に
貴方の記憶の片隅に
僕が残っていられたら

きっと、
誰もが同じ様に 必死で探してる
本当に今がつらいなら
出来ないことなんてない筈なのに
誰よりも優しくするから ここにいてもいいですか?
安っぽい台詞と 吐いて捨てる感情
やっぱり僕はただのゴミ屑



森の奥深くを歩いていると、その場所に不釣り合いな金属の塊を見つけた。いや、確かに駆動部は金属であるが、全体は黒焦げてはいるものの、どうやら木型の様だ。辛うじて読める文字は「Mk.」とかいてある。どこかの戦闘機だったのだろう。
今はその身を、穏やかな、緩やかな速度で草木と同化させようとしていた。。

「やぁ兄さん。こんなところまでよく来たね。」

不意に、声が聞こえた。自分の呼吸する音と木々が掠れ合う音しか響かぬこの場所で、一体どの様な奇跡が起きれば他人の声が聞こえよう。

私は焦燥し、しきりに辺りを見渡す。姿勢を低くするのは、昔の名残だ。死地へと赴き、何とか生き延びたはいいが、生きた心地はしなかった。それは有り体に言えば、トラウマ、と言う奴だろうか。
もう何十年も前の話ではあるが。

「おや、もしかして兄さんは昔兵隊さんだったのかな?」

応答はしない。
向こうはまだ此方の位置を正確に把握しているわけではない可能性がある。

「そんな警戒しないでよ。僕にはもう、大空を舞う翼も、無慈悲に命を奪う機関銃も残されてはいないのだから」

はっとして、先程の塊に目をやる。
馬鹿な。そんな筈は。

「察しがいいねお兄さん。かなりいい。そんなお兄さんが、こんな山奥へ一体何様だい?」

絶句した。確かに、何処かの国では物にも心があり、それらは何かのタイミングで言葉を持つのだと聞いたことがある。
そんなお伽噺、誰が信じる。
誰が真に受ける。
ならばこの声は、確実に自分へと投げ掛けられる、この声は、一体なんだ。

「まぁ一回落ち着いて。僕も少し興奮してしまっているかもしれないね。何せ久しぶりに人と巡り会ったからね。少し前のめりに話しすぎたよ。そうだ、一緒に深呼吸をしよう。はい吸ってー……吐いてー……」

饒舌なそれは、それからもひとり…いやひとつか。わかりにくいのでひとりと数えるが、此方の言葉を促し続けた。何故此処へ、何処から来たか、何処の国から……しかしその問いのどれにも、答えはしない。此方の声を聞いて、その声を別部隊に送り、捕らえるつもりかもしれない。ありとあらゆる情報は、自分のうちに留める。それが、生き残る為に必要だった。

「お兄さんも中々強情だねぇ。うん、でもまぁ、いいんだ。じゃあどうか、僕の話を聞いてほしい。」

どうせ答えなければ、勝手に話始めるだろうに、まぁいい。首肯で話の続きを促した。もう、どうでもよかった。

「ふふ、兄さんやっと折れたね。それじゃあ話すけどーーー。」

そうして、口を持たない無機物は、どういうわけか昔を懐かしむ様に、語り始めた。


ーーーもう何十年、いや、百年は経ったのかな?ありとあらゆる国が、富や地位や名声の為に争っていた時代。そんな時に僕も生まれた。そしてどういうわけか、僕には意識があった。この声が聞こえる人は、いなかったよ。すごく辛かったなぁ。だって、自分が生きてるって自覚出来ても思い通りに体は動かせないし、暴力で大勢の命を僕は奪っていくんだ。止めて、殺さないで。そう思っても、殺戮と破壊は繰り返されていくんだ。他の誰でもない、僕の手でね。兄さんも、戦争経験者ならわかるだろう?機械でさえ嫌なんだ、きっと世界中の誰もが、戦争何て嫌だったろうね。
おっと、話がそれたね。
それで、何度目かの帰還の時に声が聞こえたんだ。痛いよ、痛いよ…って、泣いていた。それでね、僕は声を掛けてみたんだ。大丈夫?って。
そしたらその声の主は誰、誰かいるのかって言うわけ。僕もう嬉しくってね、だって漸く僕の声が誰かに届いたんだから。僕は自分の紹介をしたよ。空軍の戦闘機だってね。その人は、いつも僕を整備している人の内の一人だった。最初はその人も兄さんみたく信じてくれなかったよ。でも、その足を引きずって僕のところへ来たとき、「これは驚いた。夢でも見ているのだろうか。えーっと、そう!はじめまして、いつもありがとう」と言っていた。その人はね、足を怪我してしまって、その痛みに堪えていたんだって。痛いからって休んでしまうと仕事をやめさせられちゃうからって。「君と話をしている時は、痛みを忘れられるよ」って言ってくれたのを覚えているよ。それから、毎日とは言わないけれど、その人は痛む足を無理やり引きずって僕のところへ来てお話をした。僕はその人が心配だったけれど、それよりも話が出来るってことが嬉しくて、一杯話してしまったよ。懐かしいなぁ。…でね、本当はずっとそうして話をしていたかったけれど、その人の怪我、実は結構深刻だったらしくて、とうとう歩けなくなっちゃって、結局整備士をやめさせられちゃったみたいでね。それっきりなんだけど。でね、その人が僕にこう言った事があったんだ。「空を飛べるなんて羨ましい」って。僕はすかさず言ったよ。「沢山の人を殺すためだとしてもかい。それに、僕は夜襲専門だよ」。そしたら「それでもさ。空を舞っていれば人なんてゴミ粒だ。塵にいちいち気は使わないだろう?蟻を殺したって、誰も何も、文句は言えない。それに、夜ならそれこそ、相手は見えない。星も月も綺麗だ。やっぱり、羨ましいよ。」だって。僕には人の気持ちはわからないけれど、お兄さんならどう?この人の言ってた事って、正しいのかな?間違っているのかな?
もうずっと、そんなことを考えているよ。


漸く長い話を終えた「それ」をもう一度見る。
もう姿を隠すとか、口を開いたらどうだとか、それら全てがどうでもよくなっていた。この面妖な機会に、何も言わず別れてしまうのは惜しい。そう思った。

「……そんなもの、俺が知りたいよ。だが、毎夜見るあの日々の光景が、俺に忘れるなと言うんだ。ならばきっと、戦争なんて間違っている。」

「やっと口を割ったね。じゃあ、僕はやっぱり、生まれてきちゃあいけなかったのかな?戦争の為に生まれた僕は。」

嬉しそうにそれは話す。
そして、溢れる様に不安を溢したそれに答える。

「お前みたいな奴は今、民間人を乗せて空を渡るんだ。まぁ、もっと大量の人間を乗せているが。」

「えぇ!?そうなの!?いいなぁ、ずるいなぁ、羨ましいなぁ。僕はもう、空を飛べないからなぁ。」

「…もうすぐさ。もうすぐお前もきっと、生まれ変わる。」

苔が生え、虫の住みかとなっているその体を見て、そう答えた。

「そうなのかな?でもそしたらきっと、今度はいろんな人を乗せて、いろんなところへ行って、いろんな空を見に行くんだ!あー、楽しみだなぁ。」

そしてその戦闘機だったものは、まるで人間のように夢を描き、それを想像して幸福そうに笑ったのだった。

ーーー


「そこで別れて以来、あそこにはいってないから、今どうなっているのかは、ワシにもわからん。もう山道も、この足じゃあ歩けないしなぁ。」

穏やかな声でお爺さんは言いました。

「えーうっそだよーこんな話。じいちゃんは作り話が下手だなぁ。」

不服そうな子どもの声に、とても愉快そうにお爺さんは笑います。

「はっはっは!信じろとは言わんがね。作り話だとしても、面白い話だろう?」

「うん、まぁ、それなりにね!さぁおじいちゃん!次はどんなお話?」

「ふぅ、待ってくれ。少し話疲れてしまったよ。リビングでティータイムとしよう。」

「えーもう、しょうがないなぁ。じゃあほら、行こう行こう!」

そうして二人は連れ添って、扉の向こうへと消えていきました。
部屋には壁掛け時計の時を刻む音のみが、響き渡るのでした。

Dust

(要るか要らないか、勝手に決めんな)


師走も過ぎると窓は霜をはり、隙間から忍び寄る冷風を逃れる為に、頭から布団を被った。
時計を探る。
まだ起きるには、ほんの少しだけ早かった。

昔から寒いのは苦手だ。
ずっと夏でいればいいのに。

僕は冬が好きじゃない。
というか嫌いだ。
あまりいい思い出がないから。

「柊、起きないの?」

「もう少しだけ。」

また声が聞こえた。
もぞもぞと寝返りをうって、僕は短く返答する。
ワンルームの我が家に、他人など存在しない。
雪の妖精でも現れたか。
想像して、嘲笑した。

「君がそう言うなら、僕も一緒に眠ろうかなぁ。」

「この布団はあげないよ。」

「けち。」

会話は続いた。自らの体温で暖まった布団は抵抗出来ない微睡みを落とした。
もう少し。
もう少しだけ、このまま眠っていよう。

夢の中に何時までもいられたら、どれだけいいだろうか。
懐かしい声と共に、僕は意識を閉じた。




「ねぇ、来年の今頃は、私達どうしているかなぁ?」

「どうだろうね。何をしているかは知らないけれど、僕はきっと、変わらず君の傍にいるよ。」

「そういう恥ずかしい事を平気で言うところ、好きだよ。」

「おやそれじゃ、そうじゃない僕は好きじゃないのかな?」

「またすぐそういう事を…。そこも含めて、ってこと。」

「ふふ、・・・ありがとう。」

「いーえー。どういたしましてー。」


声が聞こえた。二人分の声。
一人は、きっと自分。
もう一人は、記憶の中の彼女の声。
僕らの逢瀬は、彼女の家に近い公園だ。
ベンチに座り、何をするでもなくただ、同じ時間を共有した。


もしも、愛というものがこの世界に在るのだとしたら。
それはきっと、僕らの間に芽生えた感情だったのだ。


冬だというのに、暖かった。
あの日。


「柊は、戻りたいの?」

「うるさいな。出てくるなよ。」


折角優しい気持ちに浸っていたというのに。
見ていたテレビのチャンネルを、途中で変えられた気分だ。

「柊、手紙がきていたよ。」

「いい。どうせまた、家賃の催促だ。」

うんざりする。
埋まらない心の隙間は、先程の夢から醒めてしまった喪失感と一緒に、底無しの闇に消えていく。

「ねぇ、柊。確かに、人間は根源的に過去に依存する存在だけれど、でも、柊が生きているのは過去じゃない。現在だよ。いいじゃないか、大切なものが何処にもなくたって。時折、そう、雪が降り始めたその日とか、木々が桜色にそまったその日に、懐古すればいい。みんなそうやって生きているよ。」

「一緒にするな。僕が失ったものと、その他のくだらない人間の、くだらない感情なんかと。」

「うん。うん…でもね、柊。」



ーーーひとりは、寂しくはないかい。



…酷い夢を見た。
寝汗でぐっしょりとした身体を起こす。
テーブルに投げっぱなしのペットボトルを手に取る。
炭酸の抜けたそれは、口の中を潤すには不適切だった。
不味い。こんなもの、もう誰も飲まないだろう。
ゴミ箱へ投げ入れる。目測を誤り、床に転がった。


整理整頓をしろと言われる。
整理とは、要不用を分け、不要は廃棄すること。
整頓とは、要るものを使いやすいように配置すること。

それはつまり、僕が唯の可燃物であることの証明。
どこで間違ったのか、何が正しかったのか。

ーーー。

もう声は聞こえない。
当たり前だ。最初から無かったのだから。


「おーい。おーいったら。」

「あぁ、ごめん。なんの話だっけ?」


幻聴だ。


「だから、ずっと一緒にいようね?」

「どうしたの突然。」


うるさい。


「いやね、なんだか急に、私、幸せだなぁって思って。」

「あなたのいない世界なんて、考えられないよ。」

「ずっと一緒にいようね。」

「この時間がずっと、永遠ならいいのになぁ。」

「ふふ、想像出来ない?でも、私は二人でいられれば、きっと幸せだよ。」

「ね。傍にいてね?約束。」



「やめろっ!!」


自分の声で目覚め、窓の向こうを見た。
外は雪が降っていた。


「ねぇ、柊。」

「…もう、止めてくれ。」

「皆、変わっていくんだよ。それが、生きていくって事なんだ。」

「…だからって…今更どうすればいいんだよ。」

「何も変わらないよ、柊。だってほら、この声は聞こえるだろう?」


あの日、あの時、あの場所で。
僕は。



知らなかったで すまされない様な
私の愚かな言葉も 直ぐに受け入れて

泣いてもいいよと 背中を撫でても
貴方は下唇噛んで 堪えてしまうから

涙の意味を教えてよ
貴方の声を聞かせて

貴方の世界が終わるその時
私が隣にいられますように
貴方のその涙が渇いたその時
私が抱き締めてあげられるように
やっと気付いた
やっと出逢えた


与えられていることに
気付けないまま同じ時を過ごした
貴方はこんなにも私を守ってくれてた
貴方を傷付けてばかりの
醜い私でも受け入れてくれた
ねぇ、こんなに愛しいの

貴方の世界が終わるその時
私はきっと何も出来ないけど
貴方が流せなかった涙の分だけ
私が代わりに泣いてみせるよ

貴方の世界が終わるその時
その悲しみに寄り添えるように
貴方の綺麗な笑顔が咲き誇る様に
私がずっと傍にいるから
やっと気付いた
やっと出逢えた




ウゥゥゥゥ---。



正午を告げるサイレンが、我が家を揺らす。
一体誰だ、あんなもの設置したのは。

眠い身体を緩慢な動作で起こし、リビングと呼べなくもない部屋へと向かう。


「おはよう、兄さん」


「・・・あぁ、おはよう」


弟は、体が弱い。数年前にあった戦争で、長時間陽の光に当たれない身体になった。
今は金にならない絵を描かせている。
そしてそれを売ることで二人で暮らせる程度の収入を得ているということにして。
弱弱しく笑う弟は、今日は幾分調子がいいらしい。
とはいっても、太陽の光が地表まで届く日は、珍しいのだが。

戦争が起きて、もう5年は経つだろうか。
結果的には勝敗は着かず、ただ世界から光が消えたのみとなった。
人の数は減ったか。もともと溢れかえるほどいたのだ。
地を這う虫けらを気にして、誰しも生きてなどいないだろう。
その程度の事実だ。

俺は、この国が戦争を始めようとした時、隣国の友人の下で身を隠していた。
もともと世界がどうだとかはどうでもよかったのだが、ただ、死にたくはなかったから。
だから、家族にも何も言わず---。
両親と姉とは、それきりだ。一命をとりとめた弟も後遺症で苦しんでいる。
こんな状況でも、俺は唯、自分自身が被害を被らなかった事に酷く安堵していた。


「調子はどうだ?」


「うん、今日は少しいいかも。」


空中を舞う砂塵は、今後幾世紀もかけて、ゆっくりと地表を覆っていくそうだ。そしてこの砂塵には人体に有害である成分を含んでいる。
結果、何処へ逃げようと、誰しもが今まで通りの暮らしなど、出来はしない。
戦争とは、そういうものだ。
ではなぜ、人は争うのだろうか。


かく言う俺も、弟には言っていないが、賊みたいな事をして生計を立てている。
貨物車に忍び込み、食料を得、金がいるなら夜道で人を殺し、奪った。
何も間違っているとは思っていない。
初めからずっとこの世界はそうだった。ただ、そこから目を背けていただけの話で。



コンコン。


「誰だろ?珍しい。こんなところまで・・・」


「ああいい。俺が出る。お前は、奥にいろ。俺が言いというまで出てくるな」


「はは、用心深いな兄さんは。わかったよ」


家の扉を叩く音が不意に鳴り響いた。
俺は直ぐに、これはよくない知らせであると察し、弟を制し隠した。
扉を僅かに開く。姿は見せないように。


「・・・なんだ。」


「なんだ、とは挨拶だな。それは、自分が一番よくわかっているんじゃないか?私が何故、ここにいるのか」


「外で待ってろ。直ぐに行く。」


その人物は、俺を裁く立場にあって、俺を利用する人間だった。
死期を予感する。

どうやら、俺は此処までの様だ。あれだけ生に執着していたというのに。
勿論、唯でやられるつもりはないが。


弟の下へいく。


「どうやら仕事の依頼の様だ。また暫く留守にする。」


「そっか・・・。ねぇ、ちゃんと、帰ってくるよね?」


「・・・あぁ。お前は独りで生きていけるのか?絵でも書いて待っていろ。次のが完成する頃には、きっと戻ってくるさ。」


「うん・・・そうだね。頑張るよ。兄さんも・・・お仕事、気をつけて。」


「・・・あぁ。行ってくる。」


---



「ひとつ、いいか」


「なんだ」


「おまえ、家族はいるか?」


「いるよ。もう何年も会っていないが」


「・・・そうか。会いに行ってやるといい」


「考えておこう」


「じゃあな」



銃声が響く。
怒声が聞こえる。
走った。ただ走った。

俺を乗せた装甲車は、俺が飛び降りてすぐ、爆発した。
ようは、「そういうこと」だ。
気が付かないわけがない。
生きることだけに、執着してきたのだから。


何の為の生だったのだろうか。
俺は、結局何がしたかったのだろうか。
ただ、弟に嘘をついてしまったことだけが、心残りではある。
・・・何故?一度見捨て、一人逃げ出したというのに。
・・・何故?一度逃げだしたのに、此処に帰ってきたのか。


走り続け、考える。
そして、身体に衝撃を感じた。
痛みはない。だが、もう動かなかった。
五感が少しずつ失われていく。



これはきっと、俺の意志ではないのだろう。
よくわからない。自分がどうしてこうなっているのかも。
どうして、あれだけ逃げていた死を受け入れてしまっているのかも。


そういえば、弟が書いていた、美しい狼の絵をひどく気に入っていたことを思い出した。


「この狼はね、魂を天界に導く神様なんだ。この美しい鼻で、気高い魂を探すんだよ」


「なんだそれは?お前が考えた話か?」


「違うよ兄さん。昔読んだ本に、そんな話があったんだ。たしか名前は---。」




・・・くだらないな。なにもかも。
最後に見えた空には日の光さえもなく、ただ、暗黒が広がっているのみだった。



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