ごり押しでナイト

自称音楽家(SETUZITU)ワタクシ清野の活動情報や雑談,その他諸々晒していくぞのコーナー♪♪♪
皆様,何卒よろしくお願いいたしもぉす!!!
雨降の楯という創作グループ立ち上げました。 僕のお話「Synchronized」がオーディオドラマとなりました! こちらから是非ご覧下さい→http://ametate.cranky.jp

カテゴリ: 小話




「何を探しているの」

暗闇に声が滲む。その声はとても冷たく感じた。
ボクは何も見えないまま、手探りで地べたを這いつくばっている。

「わからない。教えてよ。」

闇に奪われた視覚は、何も映し出すことはない。かわりに他の感覚が研ぎ澄まされ、肌がひりひりと痛い。突き刺す様な冷たさが体に広がっていく。さて、いよいよここがどこだかわからない。ボクは何故ここにいるのだろうか。

「欲しいものはなに?」

逡巡する。欲しいもの。それは酷く曖昧で雑多で、そして抽象的な言葉だった。目に見えて形として残るものも欲しいものになるし、もっと抽象的な他者に認められたり或いは地位を得ることも欲しいものに区分されるだろう。やはり簡単に答えは選べなかった。

「ない、です。」

小さく答えた。直ぐに声は返ってくる。

「そ。君はやっぱり嘘つきだね。」

「え」

思わず声が出た。投げ付けられた言葉には、鋭利な刺があった。或いはボクがただ単にそう感じてしまっただけなのかもしれないが。
嘘をついたつもりはない。言うならば、選択を見送っただけ。それがボクという人間の解答。
だというのに、声はそれを真っ向から否定した。

「そうやって口先だけで生きてきたんでしょう。どちらかを選ばなければならない時も濁して濁してドブ水みたいにして、選択を悟られないように生きてきたのでしょう。仕方がないよね。だって、そうしなければーーー。」

声はそこで途切れた。
触れてはいけない。感覚が更に研ぎ澄まされて、呼吸する自分の息遣いさえも煩わしい。そしてボクは、何も見えないまま再び声を発した。

「それは、随分と偏った見方だね。まるでみてきたかのように。ねぇ、アナタは神様でしょうか?もしもそうならば、ボクをもといた場所に返してください。ここは、酷く寒いし、痛い。」

懇願する。声は答えない。
そしてボクは、もといた場所等わからないのに、その場所を求めた。
そうすれば、「欠落」した自己を取り戻せると考えたからだ。話す声は、心臓を圧迫し、ギリギリとボクを苦しめる。あぁ、痛い。痛い。痛い。

「……本当に、言っているの。愚かだね。でも、それは出来ない。決まりだから。」

音がなくなった。それでも、声が聞こえる。
耳の奥が焼けるように熱い。痛い。だが声はでなかった。出ないようにした。声をあげれば痛みが更に増す。そうなってしまっては、いけない。耐えられない。堪えられない。けれど、不可思議なことに、ボクは、まだ、何かを、言おうとした。言った。言い放った。

「ボクは、間違った事などないよ。」

「本当に?」

「ボクは、常に間違っていなかった。」

「本当に、心から、そう思っているの。」

「ボ、クは、まち、間違った事などない、、よ。」

「…」

「ボクば、まぢkがtらsことなdl」



ーーーーーーーーーー



「何を、探しているの」

暗闇に声が滲む。その声はとても冷たく感じた。
ボクは何も見えないまま、手探りで地べたを這いつくばっている。




美しい旋律が聞こえる。はじめは弱々しく、だが私の意識が覚醒すると共に、旋律ははっきりと明確な意志をもって私の耳に届いた。穏やかな、そうとても穏やかな。新緑の中で木々のざわめきを感じている感覚の中、ただどれだけ待っても小鳥の囀りは聞こえない。川の流れを感じたかったが、それも未だ訪れなかった。

暫くして、霞む視界が晴れることはなかった。ゆっくりと目を開け、理解する。新緑も小鳥の囀りも、川の流れ等とは決して無縁な、無骨なコンクリートの上で、私は寝転んでいた。じんわりと感覚を麻痺させる、腹部から届く鈍痛が重い。重たい。体が動かない。ただ、旋律が聞こえる。耳殻を細かく振動させて。
不意に唐突に突然に、鋭い痛みが体を突き抜けて、呻き声が出た。

「…まだ、生きていたのか。」

声がした。男の声。途端旋律が止む。目線を動かして、声の主を探った。旋律が聞きたかったのだ。

(どこ。どこにいるの。)

声に出せたかどうかは分からない。少なくとも、腹部が激しく軋んで口から液体が出たことだけは確かだ。

「動かない方がいい。どうせもうすぐ死ぬとはいえ、痛みにもがき苦しむよりは安らかに四肢の感覚を失って無力感の中眠るように死ぬ方が、幾らか楽だろう。」

男の声は聞こえる。目は開いているのだろうか。よく見えない。遠くが赤く光って、ごうごうと音がするから、きっと近くで火事が起きているのだろう。私はただ、男の声を求めた。痛みも苦しみも、あの旋律が聞こえたのなら全てなくなる気がしたから。

(しんでもいい、しんでもいいから、聞かせてよ)

どうしてそんなにもそれがほしいのか、自分でもわからない。よく考えれば、私は自分がどうしてここでこうなっているのかも、私が誰なのかさえ、わからなかった。思考が、私に残された最後の選択なのかもしれない。

「…なぁ、俺は結局、何も変われなかったよ。」

男の声に、後悔は含まれていなかった。その言葉には何か、特別な意味があったのかもしれないが自身の名さえ思い出せない脆弱な記憶と思考では、到底汲み取ることなど出来はしなかった。

「う、たって…」

それが、私に出来る。唯一のーーー。





旋律が聞こえる。初めは弱々しく、次第に震え、とうとう音程を失ったが、それは確かに旋律だった。旋律なのだ。




-rhapsody-

(それは、音で感じるだけではあまりに尊い)






それから、私達は繰り返しキスをした。深い意味などなくて欲しいからそうしただけで、するとアナタも同じ様に私を欲するから、繰り返し。繰り返し。


「おぉ主よ、この世にうまれた。これが喜びだというのですね。しかしならば主よ、これは等しく哀しみでもあるということを、貴方はなぜ説かずにいたのか。」

街頭で声を張り上げる若者を蔑んだ目で私は見る。其処でやる必要性を考えろ。貴様の出した2歩先も読めないその結論は、ほら、死を招いた。
ガスライトが淡くこの霧の街を燻らせていた。

「思想は統一されるべきである。個は全へと昇華するべきである。」

無神論者はこの地球上にいなくとも、しかし人の数だけ神はいる。信じているその心には、此方から覗けば虚像に見えるとも、しかしそちらから見れば或いは其処に存在するのだ。それが例え、孤独であることを認めることでも。認めぬままに何かを失うことに意義も意味もない。この霧で包まれた街は、それを最後に私に教えてくれたのだ。

「あぁ、主よ。私はアナタを愛しています。あぁ、あぁ、主よ。人である喜びを。与えてくださってありがとう。」

定刻を少し過ぎた頃、ホームへと蒸気機関車が駆け込んできた。私は最後もう一度だけ振り返り愛を伝え、それに乗り込んだ。遠くで鳩の群れが飛び立った。


ライカ・ライカ
(愛のようで愛じゃない、真実のアイ)




もう随分昔の事の様に感じる。私はその時きっと迷っていたのだろうけれど、そんな私のことを、彼は後押ししてくれていたのだろう。だから毎年こうして、彼の居場所だったこの桜の木を描く事に決めているのだ。木々の寿命は人間とは比較出来ないが、それでも緩やかに年老いているのだろう、毎年違う表情を私に見せた。

「久しぶり。元気にしてる?」

一本の木に手をあて、目を閉じ、私は語りかける。聞こえているかどうかは、わからない。どうしたって現実は嘘を言わない。私はその性質を好いているのだけれど、彼を思い出す時だけは、この時が嘘であってほしいとか、そんなことを思うのだ。

春はまだ遠い。コートのポケットに手を突っ込み、かつて神社のあったその場所を歩いていた。そこを少し通り過ぎると、黒褐色の木で作られた小さな祠がある。その前に立つ。随分と隅っこに追いやられたものだ。この見晴らしの良い丘は、もうすぐ崩されて高速道路を敷くらしい。それはつまり、この桜の木が、何処かへ捨てられてしまうということだ。

「…ねぇ、君も何処かへ行っちゃうの?」

思わず口から漏れた言葉はしかし、本心だった。私達を繋ぎ止めていた、そのつもりでいたこの桜がなくなれば、何もかも夢の中の出来事として終わってしまう。そんな気がした。そして私はまた少し寂しくなるのだ。

呟きに応える声はない。ただ、其処にいる様な。
そんな気がずっとしていて、暫くそうした後に帰路へ着く。

チリン。

白い猫が私を追い抜いて、立ち止まり。振り返った。まるで降り積もった雪の様だ。有り体な感想文は空に吸い込まれていく。

飼い猫か。歩く度に涼しい音が響く。チリン。ほら、また。

「……ふふふっ、ついてこいって?」

白猫は立ち止まっては振り返り、私を見つめた。丁度いい。今帰っても、暇をもて余すところだった。付き合ってやろう。一人で勝手に納得し、そしてとぼとぼゆっくりと、猫の後を追い掛けた。

「…どこまでいくんだーい。」

もう随分歩いた気がするが、白猫は歩みを止めない。次第に山を登りはじめた。神社のある丘の、更に奥だ。

冬の日中は短い。もうじき陽も暮れる。そろそろひきかえそうかと思った時だった。

「あ…野うさぎ?」

雪面を赤く染めた野うさぎが横たわって動かなくなっていた。きっともう何時間も前に死んでしまったのだろう。白猫は野うさぎに寄り添って、そして私をしきりに見るのだ。心が痛い。どうしようもないことは、もう、どうしようもないのだから。

「……弔ってあげよっか」

直ぐ傍、木の根元に穴を掘って埋めた。その間ずっと、白猫は私の傍でその行為を見続けていた。理解しているのだろうか。瞳に涙を溜めている様に見えるのは、私の気のせいか。そうあってほしいと願っているだけ。わかっているのに、そんなこと。

「おうち帰んないのー?ご主人、心配してるぞー?」

帰り道、白猫は私にずっとついてきた。鈴が付いているから、連れて帰る訳にもいかない。私が言って聞かせても、にゃあと気の抜けた声をあげるだけ。

「…まぁ、いっか。いこ。」

きっとそのうちもとのお家に帰るだろう。
今は、ひとりぼっちが怖いから。
このこも、私も。

ふと、冷たい風が吹き付けた。白猫を抱き抱える。拒絶はなかった。

「あったかいね。」

ナァと、一声。嬉しそうに聞こえるのは……いや、きっとそう思っているに違いない。

「…君のお名前は何て言うのかな?」

ナァ。ナァ。ナー…。

「そっか、じゃあ君は今からシロだ。そうしよう。いいよね?」

錆びれたアパートの一室。鍵を開ける。
気が付けばもう、陽は落ちていた。

「…ありがと。さよなら。」

そして私は扉を閉じた。重苦しい金属音も慣れてしまえば日常足り得る。

早く暖かくなればいいのにと願いながら。




-薫花-
(薫る度、咲いては散り逝く、君の声)


僕はいつも、決まって窓の向こう側を眺めていた。

青い空、白い雲。時折羽ばたく鳥達が、羽を溢していく。そんな日は少しだけ元気になれる。別にいつもそうあるわけではなくて、鈍色の空は僕の心を少しだけマイナスにさせるし、たまに涙を流すと、窓の向こうは覗くことができない。

とにかく、僕はここからの景色が好きだった。


足が動かなくなってから、もうじき3年になる。

それ自体が悲しいとか辛いとかっていうのは特にない。もともとそんなに出歩く方でもなかった。
ただ。

「…こんにちは。」

「…なにしにきたの。」

ただ、僕を自動車で轢いたこの男を、僕が絶対に許さないだろう。今日も現れた。昨日も、一昨日もその前も。一番最初、男は顔をあげることなく、ただただ顔を伏せ、謝罪した。次の日、金色の髪は坊主になっていて、その次の日はスーツで来た。その間、僕は一度も彼の顔を見ていない。
ただただ、頭を下げ続けていた。

「謝罪を。」

「…あんたさ、もういいよ。」

別に、赦しをこう必要などもうないのだ。慰謝料は払っているみたいだし、3年も経てば許せはしなくとも時効だ。その誠実さが、僕の心の中で醜い感情を助長する。

「きっとさ、僕の人生っていうのは、この部屋からずっと空を眺めている為にあるんだ。あんたはどう?あんたは僕に謝罪する為の人生を送る為にあるの?」

「罪は、償う為にあるんだ。貴方を壊してしまったその日から、私の人生は終わっている。」

呆れてものも言えない。加害者は常に強者である。例えば、声が出ない人間は「火事だ」だとか「助けて」と言えない。今の僕は言うなら「逃げられない」。この世界は精神を重んじる人間がとても多いけれど、精神は肉体的強者に備わるものだ。何も出来ない人間が、「絶対に諦めない」などと言ったところで感動は生まれないだろう。勿論、機会を得ることはあるかもしれないが。

だから、気に病む必要など何もない。今日寝て明日起きた時に忘れているケンカ程度に思えばいい。十分に戒めただろう。この男は。ならば、いいのだ。同じ過ちを繰り返す人間は人ではない。理性も知性も使えないのならば猿以下だ。生きる価値もない。そんな奴はテーブルにある果物ナイフで殺し尽くしてやる。ただ、この男は違う。

「わかりました。では、もう止めにしましょう。僕はあんたの罪を赦します。だから、もう自由です。籠は何処にもない。だから飛んでいけばいい。何処へでも。さようなら。」

「…だが、私は。」

「うるっせぇんだよ!!どっかいけよ!!鬱陶しいんだよ!!毎日毎日萎びたツラ見せに来やがって!!苛々すんだよ!!そう言うの!!」

「…すまない。」

「……もう、いいから。僕のせいで、あんたまで道を踏み外す必要はないんだよ。」

そう、人は失って初めて気付く愚かな生き物なのだ。こんなにも僕は、この男は、あぁ間違ってしまった。だって、知らなかったのだ。本当の仲直りのやり方を。哀しみや苦しみの連鎖の、終わらせ方を。

「……本当に……、すまなかった……っっ!!」

「……どーせまた明日、来るんでしょう?」

「…」

「……僕は、甘いものが食べたい。」

「…!?」

その時、初めて男は顔をあげた。瞳の強さが、彼の誠実さを物語っていた。

「も、もう今日は……帰って。」

「あ、あぁ……」


そうだ、もう終わりにしよう。
不幸を演じるのも疲れる。
本当は欲しいものが沢山ある、から。
あの男を利用して、手に入れよう。
それでいい、まずは、そこから。




終わりのエチュード。
(終わりを始める練習をしよう)



この国に四季があってよかったなって、私は思う。移り変わりを感じれば、忘れたいことをそこに置いていけると思うから。

雪解けの季節になった。地表から芽吹き出した花を見つける度に、なんだか嬉しい気持ちになる。新しい何かが始まる気がする。
石造りの階段を息を切らせながら上ると、神社がある。今日は天気もいい。ここから見渡せる世界を、絵にしようと思った。絵描きを志してはいるけれど、やっぱりそんなに甘くはない。貧乏な暮らしには慣れたけれどね。
拝殿の階段に腰掛けて、先ずは鳥居の左右にある桜の木を描く。まだ満開ではないが、ちらほらと枝に薄桃色を付けるそれは美しい。そこから射し込む木漏れ日が、この神社に厳かな雰囲気を与えていた。

暫くそうしていると、私はラフを書き上げていた。見比べて、少し木々の臨場感が足りないことに納得出来ず半分を消しゴムでそっと消し去る。その行為を何度か繰り返すうち、大体まとまった。

ふと、自分の絵におかしな点がある事に気が付いた。鳥居のすみに桜の木を見上げる少年を描いていたのだ。

夢中で描いていたから気が付かなかった。いや、それにしたって…。鳥居を見ても、そこに人なんていない。なんだか怖い。ちょっとしたホラーだ。まぁ、景観は損なっていないしこれはこれでいい絵になりそう。ポジティブなのが唯一の取り柄と言われてきた持ち前の切り替えの早さで、ラフのふちとりをしていく。水彩が出来ればよかったのだけれど、残念ながらその才には恵まれなかった。


「…よし、こんなもんかな。」


どれくらい描いていたろうか。随分日が傾いているから、もうそろそろ片付けて帰ろう。続きはまた今度---。

「姉ちゃん、絵上手いなぁ。」

「----っっ!?」

耳元で聞こえた声に心臓が飛び跳ねて、声にならない叫びをあげた。膝の上にある画材一式を落としてしまいそうになるがなんとか持ちこたえる。振り向くと、小柄な少年が立っていて笑っていた。

「へへ、驚いてやんの。」

「……悪ガキだ。悪ガキがいる。」

わざとらしくムッとする。こうすると子供達が喜ぶことを私は知っている。この子もきっと一緒だ。
…ふと、違和感があった。私はこの子に見覚えがあったのだ。確かに、昔は保育園で仕事を手伝った記憶はあるが、もう10年は経った。ならばこんなに幼い少年が、私を知っている筈などないのだ。

「でも姉ちゃん、絵の中に俺がいても驚かないんだもの。此方がビックリしちゃったよ。」

「…へ?…あぁ、これ君だったのか。」

一瞬感じた違和感は直ぐに解消した。しかしまた直ぐに新しい違和感。

「君は…何?」

「俺?俺はたいが。姉ちゃんは?」

「私はつくし。……っていや、そういうことじゃなかったんだけど。」

「なんだよもぅ。まいいや。姉ちゃん、遊ぼうぜ!」

にしし、と歯を見せてたいがは笑った。なんだか真面目に応対するのがアホらしくなってきた。

「……ほぅ。いいでしょ、やってやりましょ。競技はなんだいたいが君。」

今日はもう帰ろうとしていたところだ。彼が何者であるか、それも今はいい。人生という花が開くのは一瞬だ。私達は花弁だ、一度散ってしまったら、もう咲き誇ることなど出来はしない。そこでもうすぐ咲き誇る桜には、なれないのだ。

「かくれんぼしようぜかくれんぼ!!得意なんだ俺!!」

「隠れるのが?見つけるのが?」

「どっちもに決まってるだろ!姉ちゃん、どっちがいいか選ばせてやるよ。」

「ふふん、面白い。じゃあ君は隠れて。私が見つける。」




ーーー色は匂へど 散りぬるをーーー


こうして私達は奇妙にも出逢い、これから少しの時間、共に過ごすことになるのだった。



散花
(其れを美しいと感じるのは何故だろうか)







「……まぁ、またいらしたのね。」


---その湖には精霊様が住んでいる。---

---人の心を弄ぶ悪戯好きな奴だ。---

---だから決して、宵に一人で行ってはいけないよ。---


じっちゃが、いつもそう言っていた。オレはその話をじっちゃから聞く度に、「ははん、じっちゃはきっと昔酷い目にあったことを隠しているな」と思った。だって、じっちゃはこう言う噺をする時は絶対に最後オレを驚かせようとするのだから。ここからわかることは更に、「精霊様は本当にいる」ということだ。一体どんなイタズラをされたか知らないが、オレはそんなドジは踏まない。


「ーーーまた、だなんて酷い言い方だよツル。」

「うふふ、ごめんなさい、つい。」


そう言って美しい水色の髪を肩、腰、遂には水面につくほどに伸ばした「精霊様」こと鶴は、その名に相応しい容姿で水面に立っていた。ツルが水面にいる間、湖中が淡く輝く。それは何と形容出来ぬほどに美しかった。


「それで、今日はどんなお話をしてくれるのかしら?」

「そうだなぁ、じゃあ今日は…」


あれから数年。気が付けばオレは大人になっていた。鶴に話してやる噺は、どれもかつてオレがじっちゃに聞いたお伽噺や体験談だった。そのじっちゃはこの前の冬この世を去った。齢90だったそうだ。皆60を迎えずに死ぬというのに、精霊様の加護でもあったか。そう鶴に問えば、「私は神様ではないから」と否定した。


オレの話を、どれも真剣に聞き、時には笑い、驚き、悲しむ。共通してどれもそれは美しかった。


気が付くとオレは、恋をしていたのだ。


「ねぇ、貴方。好きな人はいないのですか?」

「…なんだい急に。」


その問いにオレは心の臓を跳ねさせた。自覚してしまった意識は、言わなければ伝わらない。伝えてしまおうという欲求が喉元までせり上がっていたが、懸命に吐息へと置換した。


「だって貴方。毎夜毎夜此処を訪れるでしょう?勘繰ってしまって…」

「オレは、自分の意志で此処に来てる。鶴に会いにね。君だって独りは寂しいと言っていたろう?オレは、優しいのさ。」

つらつらと言葉が出てくる。いつものような軽口のつもりだったが、鶴はその時悲しい顔をしていた。調子が狂う。そしていつしか、二人は沈黙し、俯いた。湖の水面が、緩く揺れた。


「…そう。やっぱり貴方もそうなのですね。」

「…なんのことだい?」

「…きっともう、貴方はだんだん私が見えなくなっていくでしょう。声も聞こえなくなるでしょう。」

「……意味が、わからないよ。」

オレが言うと、とうとう鶴は泣いた。それを理解することなど、出来る筈もないのだ。

「そういうものなのです。私は神様ではないけれど、同時に人でもありませんから。」

「…オレのことが、嫌になったのか?もう飽きちまったのか?」

片足が水面に触れるほど、鶴に詰め寄った。変わらずに輝く水は一度激しく揺れ、伝播し、やがて落ち着くのだ。

「そんなわけ…!!でも、いままで此処に来てくれていた人も皆、そうだった…そして忘れていく。いつか過ごした夜のことを。何年も何十年も何百年も…!!」

湖に浮かぶ精霊は愚かにも孤独を恐れていたのだ。孤独を恐れ、輝く水面よりも美しい涙を流すのだった。

「……ならオレ、聞こえなくなっても見えなくなっても、死ぬまで此処に来るよ。どんなときも傍にいるよ。だってそうだ、オレは…オレは…っ!!」

近いように見えて、よりそっているようにみえて、あぁ、どうしてオレ達は独りだ。ならば、分かち合えばいいのだ。其れを愛と言うのなら、例え安っぽくても構わない。


「鶴、オレは。お前を…愛しているよ。」



絞り出した声は湖の静寂に呑み込まれた。眩しく輝いていた結晶は宵闇に喰われたのだ。だが、それでも構わない。いつだって、そこにいるのだ。なら、それでいい。
それでいいんだ。




ーーー「ぶぇ~いい話だぁ~おいちゃん~」

「だろ?お前もいつか自由に遊びに出てもいい歳になったら、こっそりあの湖にいくといい。」

オレの前で大袈裟に泣く少年は、よくこうしてオレの話を聞きにやって来る。数年前の土砂崩れで足を悪くしてからはもうあの場所に行っていないのだ。きっとまた寂しさに暮れ泣いているに違いない。

「そうだ、おい、忘れるなよ?オレは足を患ったが、ここでいつも月夜毎に、お前を想って吟っているとな。」

「うぇ~おいちゃんくっせぇ~」

「ふっ、うっせー。餓鬼には解らんよ。」




夢見夜月二君想フ。



ふわふわしてるのよね、私の思考。
ぷっかぁ~ってね、してるの。

「リカはそういうとこあるからね。」

「む、それはどういう意味だいっ」

ぼやきを聞いていた彼は今年めでたく樹齢300年。いつも優しく笑ってる。
非難の声をあげると、だってと続く。

「リカは、ここにいるときはずっと、そうやって僕にもたれて動かないじゃあないか。」

「ん、まぁここにいるときはぁ……そうだねぇ…」

くぁ~、欠伸。うふふ、つい出ちゃったぜ。
彼の幹はとても暖かい。抱き締められているように。

「そっか。僕は普段の君を知らないものね。」

「…今度、友達連れてくるよ。霊感あるとか言ってた…。」

はるうらら、陽気が私を誘うの。
う~ね~む~いぃ~ぞぉ~。

「…きっと、聞こえないよ。それに、贅沢は言わないさ。今リカとお話出来るだけでも、奇跡は成立するだろうしね。」

「まぁ…私、が…生きてるうちは、…きっとここに、来るからさ……そ…れで……勘弁し、てよ…。」


がっくん、がっくん。
意識が春風に吹かれて飛んでいきそう。
なんだか強く、きつく抱きしめられた気がするけど、気のせい。木だし。


「…残酷なことを言うね。リカは…。」

そしてとうとう私は行ってしまった。彼の声が聞こえなくなった。そのままお別れは寂しいから、今のうちに彼宛に遺書でも書いておこう。



そんな風に、生きて行こうよ。





「え、いや…ごめん、その。そういうのはちょっと…わからないんだ…」


「…そうですか…わかりました。さよならっ…!」



あぁ、また僕のせいで誰かが傷付いてしまった。これで今年何人目だろう。好きだと言ってくれることは嬉しい。だが、それで僕にどうしろって言うんだ。大体、見ず知らずの人間に、そんなことを言われても判断に困る。

「んなこまけーことはいーんだよ。てきとーに付き合っちゃえばてきとーに仲良くなるっしょ。」

「お前なー。僕は真面目に…」

「あーはいはいわかってるわかってるさ。でも結局そんなもんさ人間なんて。恋愛なんて。お前は美化しすぎなんだよ。想い合って惹かれあってそしてやがて結ばれる。いや、間違ってないし理想さ。ただ結局、理想は理想で、大体は第一印象がものを言う。人間は殆どの情報を視角から得ていて、更に性衝動は錯覚だ。なら騙されるのは必然だし、寧ろ正しい。どうだ、参考になったか?」

目の前で親友は高らかに笑って恋を説く。それでもし上手くいかなかった時に、つまり早い話あとだしジャンケンでノーを伝えた場合。やはりそれは人の気持ちを弄んだということにならないだろうか。そして結果自身の評価を下げてしまうだろう。


「そんなこと言ってー、誤魔化してるんでしょ?言っちゃえばいいんだって。他に好きな人がいるって。」

「…いやだよ、それは。もしその子が悪い子だったら、あいつにまで被害が出るかもしれない。」

そう、そうだ。あいつの事が、好きだと言ってしまえば、いい。いつのまにか仲良くなったバイト先の彼女にそう言われても、先ほど告げたように何かあったときに、しあいつに迷惑が掛かるかもしれない。それは避けたかった。可能性さえ、あってはならない。だから僕は、彼女に近付きさえしないのだ。

「…難儀な性格だね。」

「はは、自覚はあるよ。」

本当に愛しているのなら、当然考えることだ。自分自身がどうなろうと構わない。傍にいれなくてもいい。それは己の欲求だから。あいつの幸せを第一に考えた結果、僕と一緒にいない方があいつは幸せになれる。行き着いた結論、辿り着いた信念。

「まぁ、僕も昔同じようなこと考えていたからわかるよ。」

でもね、とかつて部活内でライバルとして争った、今ではすっかり相談相手になってしまった男は続ける。

「ようは、傷付けてしまうのが怖いんだ。自分のせいで。だから触れることも傍にいることも、想うことさえ誤魔化しているんでしょ?」

「…その、気持ちがないといったら嘘になるけど。」

「大丈夫。あいつもきっと、君を待ってるさ。言ってらっしゃい。傷付かないように守ってあげて、傷付けたら癒してあげたらいいんだ。」

なるほど、やはりかつてのライバル。似て非なる思想だ。そしてそれは、僕の求めた答えに限りなく近かった。


「それで漸く私のところへ来たのね。」



「…あぁ。うん。ごめん。」



「こんな人気のないところに呼び出して?チョー迷ったんですけど。」



「…ごめん。」



「ま、あんた不器用だからわかってたけどさ。」



「……」



「で、喋んないし。難儀ね。昔からずっと。」



「…ごめん。」



「………うがーーー!!もうっっ!!」





らぶれす。

(ふたりはまだ、愛を知らない。)










「おーつかれっしたー♪」

意気揚々とバイト先であるコンビニを後にする。ゴミ捨て場で集るカラス達を鞄で払ってから、自転車に跨がり発進する。すっかりルーチンワークと化した一日はもうすぐ終わっていく。そこになんの感慨もない。

私はよく嘘をつく。それはもう息を吐くように。騙そうって訳じゃない。その方が誰も傷付かずにすむからだ。

自転車で10分のアパート。鍵は空いていた。

「おつかれー。今日は早いねぇ」

「うーぃおつかれ咲。僕にもたまには早くかえって来たい日だってあるさ。」

そして嘘をつき続けた結果、彼は私の隣にいつもいて、私は彼の隣にいつもいた。彼がこの時間にいることが、ちょっとだけ違和感。凄く、不愉快。
そんなこと少しも顔に出さずに、さっとシャワーを浴びた。

「なぁ、エミ。今日は久々にさ……いいだろ?」

「うぇー?わったし疲れてんだけどなぁ…」

「んだよ!!いいだろーがよたまになんだからよ!!」

はじまった。普段の優しさはどこへやら。性欲とは恐ろしい。ただ、彼と私は似ている。嘘をつくところが。違うのは、彼の嘘は私にばれていて、私の嘘は彼にばれていないこと。

「んもぅ…しょうがないなぁ…」

いっそ殺してしまおうか。情事の最中、どうやって周囲を騙せば彼がいなくなっても不自然じゃない状態をつくって、彼を殺せるか考えた。考えていたら、下腹の痛みはなくなって、彼は眠っていた。

どこかよそでやってくれ。
私は、あんたみたいなイレギュラー、捕球する気、更々ないんだよ。

起き上がり何も纏わずに冷蔵庫からビールを取り出した。自分を騙すんだ。騙して、無かったことにしろ。

「こんな人生、無くてよかった。」

声が聞こえて振り替える。私の影。喋ってる。意味わかんない。

「私もそれが正解だと思う。なら、あなたの人生を私に頂戴?あなたは私と入れ替わって、変わることのない意識の中に沈んでいたらいいのよ。」

「……断るよ。私は、ウソつきだからね。」

呟いていた。月明かりが、部屋を包んで影はよりいっそう大きくなる。

「ならくだらねーことぴーぴー言ってんじゃねぇよ!!意味わかんねぇんだよてめーはよぉ!?知った気になって理解した気になって、とりあえず怠惰な人生おくりやがってよぉおお!!お前が生きてる間中、私はずっとこのままここにいるんだよ、動けねぇままよぉお!?あぁ!?いつまでも不幸ヅラしてっとぶっころすぞ!!ムカつくんだよぉおおおおお!!満たされてるくせしてよぉおおお!!何でも持ってるくせしてよぉおお!!!!」

「…うっさ。別に頼んでないから、嫌なら死ねよ。」

喚く影は、月明かりが部屋から消えたその時にいなくなった。わかってる。わかってるんだ。誰になんと言われても、誰が何を説こうと。

私は私自身を愛してる。嘘つきなんて、何て可愛いんだろう。変な男に愛されてまぁ、可哀想。ね、ほら私愛される条件が揃っているの。もっと愛でて、もっと掴んで離さないで?









……なんつって。










次の日、目覚めたら彼はいなかった。よかった。今日はいつも通り。そうやって美しいルーチンを、私は生きて、いろんなものを失いたい。
失うことは悲しいことじゃあない。
あることの方が、とても悲しいんだよ。



だから私は、今日も当たり前に嘘をつく。





-ルーチン-
(階段を上った先に、次の階があるとは限らない)





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