文字通りの喧騒。言葉通りの雑多な音。
そう、酷く雑多だ。馬鹿みたいに大声を上げ、自らの足で立つことも出来ず、擁護されるのが当たり前だと思っているおめでたい奴らが、間もなく最終電車の出る駅のホームに蔓延っている。俺もこんな醜く愚かに溢れかえるゴミ共と等しく人間であるということに嫌悪を覚えた。蛍光灯がきれかかっているその下で言葉は飲み下し思考する。何故、こんなにも俺は違うんだろう。等しくあるべきなのだろうか。間違っているのだろうか。あんな雑多どもが、正しいと言うのか。全くもって肯定出来ない。駅のホームに電車が飛び込んできた。黄色の点字ブロックの上に乗る勇気は俺にはない。勇気というのは偽善だ。結局それは力でも強さでもなく我が儘。欲求なのだ。こうありたい、こうあるんだ。それを具現しただけのこと。善の言葉にすげ替えて、まるでヒーロー気取りの子どものようだ。そう子どもと言えば、この電車が最終なのだが、行動を共にする彼女は未だトイレから戻らない。置いて帰るのも全然ありだが、それよりも罪悪感が勝ってしまい、俺は点字ブロックの少し手前から足を動かせずにいた。
「ごめん……こうた……おぇ、めっちゃリバってた…」
最終電車が過ぎ去った5分後、ノロノロとフラフラと俺の前にやって来たのが雑多な彼女優希だ。顔面蒼白な彼女はただのレストランでこれでもかとワインを体内に吸収した為、この様な愚かな姿を大衆に晒している。
「知ってるよ。…タクシーで帰ろう。車内で吐かれたら困るんだけど、もう全部出しきったかい?」
ガコン。漸く動いた足で自販機の水を買い手渡す。…蓋を開けることも出来ないのか。一度優希の手から水を奪い、口を開ける。ありがとうと一言呟いて水を勢いよく飲みはじめた。動く喉元が妙に艶かしい。そっと視線を外す。いつも快活な人間が弱っている姿はなんとも滑稽だ。
「っぷぁ、水ってこんな美味しかったっけ…?」
「美味しいよ、水は。いつも。」
少し回復したようだ。今のうちに改札を出てタクシーを拾おう。なんだ、これではまるで俺まで雑多ではないか。
「こうた。手。」
そう言って俺の手を掴む。心臓が一際大きく跳ねた。他人に触れられると起こる、条件反射みたいなものだ。体に悪い。そして俺の手を更に両腕で抱き抱え、寄り添う。寄り添うのも寄り添われるのもあんまり得意ではない。俺は一人で立って歩けるから。
「何?照れてるの?」
「そんなんじゃないよ。…優希は図々しいなと思ってね。」
誰かに支えられて、擁護されるのが当たり前だと思っているおめでたい奴ら。彼女もその一人。雑多なうちの一人。
「あーあー、今そういう小難しい話は受け付けませーん」
「別に難しいことではないさ。俺が今から使用とする話を、優希自身が難しいものと思い込むからそうかんじるだけで……っ!?」
一瞬何をされたかわからなかった。生暖かい柔らかいものが耳に触れたのだ。舐められた。遅れて理解する。その話はもういい、そういうことらしい。この程度の話にも耳を傾けられない彼女はやはり愚かだ。そう言えば体が熱い。寄り添われているからか。
「ふふ~、こうたは可愛いなぁ」
「…理解出来ないよ、君のことを俺は。」
タクシー乗り場には人が列を作っていた。ほんの一時の快楽に負けて、電車賃の何十倍を払って帰宅するこの行動は、やはり間違っている。それでも隣で勝手に俺に寄り添う彼女を置いていけなかった俺もまた、正しさの中にいないのか。
「奇遇だね、私もこうたを理解出来ないよ。」
漸く最前列になった。ロータリーをタクシーがまわっている。ヘッドライトを揺らしながら。未来をもし照らせるのなら、こんな間違いはもうしなくて済むのだろうか。俺はやはり、正しさを求めてしまうから。
「だからこうたのこと、好きになったんだ。」
タクシーに乗り込む手前、そう呟いた彼女の言葉を聞こえないふりをしてやり過ごす。俺の家の住所を告げ、そしてタクシーの扉がしまった。
動き出してすぐ、優希は俺に寄り添って寝息をたてはじめた。俺は使えなくなった左手を諦め、右手で携帯を操作して時間を潰す。
きっとこのタクシーの運転手には、俺達、俺のことがこのタクシーに乗っていた他の乗客達となんら相違なく見えているのだろう。それはとても悔しいことだが、隣で眠る彼女を愛しているうちは、いつまでも俺は間違っているのだろう。
車内から流れる景色を見て、俺もそっと目を閉じた。
そう、酷く雑多だ。馬鹿みたいに大声を上げ、自らの足で立つことも出来ず、擁護されるのが当たり前だと思っているおめでたい奴らが、間もなく最終電車の出る駅のホームに蔓延っている。俺もこんな醜く愚かに溢れかえるゴミ共と等しく人間であるということに嫌悪を覚えた。蛍光灯がきれかかっているその下で言葉は飲み下し思考する。何故、こんなにも俺は違うんだろう。等しくあるべきなのだろうか。間違っているのだろうか。あんな雑多どもが、正しいと言うのか。全くもって肯定出来ない。駅のホームに電車が飛び込んできた。黄色の点字ブロックの上に乗る勇気は俺にはない。勇気というのは偽善だ。結局それは力でも強さでもなく我が儘。欲求なのだ。こうありたい、こうあるんだ。それを具現しただけのこと。善の言葉にすげ替えて、まるでヒーロー気取りの子どものようだ。そう子どもと言えば、この電車が最終なのだが、行動を共にする彼女は未だトイレから戻らない。置いて帰るのも全然ありだが、それよりも罪悪感が勝ってしまい、俺は点字ブロックの少し手前から足を動かせずにいた。
「ごめん……こうた……おぇ、めっちゃリバってた…」
最終電車が過ぎ去った5分後、ノロノロとフラフラと俺の前にやって来たのが雑多な彼女優希だ。顔面蒼白な彼女はただのレストランでこれでもかとワインを体内に吸収した為、この様な愚かな姿を大衆に晒している。
「知ってるよ。…タクシーで帰ろう。車内で吐かれたら困るんだけど、もう全部出しきったかい?」
ガコン。漸く動いた足で自販機の水を買い手渡す。…蓋を開けることも出来ないのか。一度優希の手から水を奪い、口を開ける。ありがとうと一言呟いて水を勢いよく飲みはじめた。動く喉元が妙に艶かしい。そっと視線を外す。いつも快活な人間が弱っている姿はなんとも滑稽だ。
「っぷぁ、水ってこんな美味しかったっけ…?」
「美味しいよ、水は。いつも。」
少し回復したようだ。今のうちに改札を出てタクシーを拾おう。なんだ、これではまるで俺まで雑多ではないか。
「こうた。手。」
そう言って俺の手を掴む。心臓が一際大きく跳ねた。他人に触れられると起こる、条件反射みたいなものだ。体に悪い。そして俺の手を更に両腕で抱き抱え、寄り添う。寄り添うのも寄り添われるのもあんまり得意ではない。俺は一人で立って歩けるから。
「何?照れてるの?」
「そんなんじゃないよ。…優希は図々しいなと思ってね。」
誰かに支えられて、擁護されるのが当たり前だと思っているおめでたい奴ら。彼女もその一人。雑多なうちの一人。
「あーあー、今そういう小難しい話は受け付けませーん」
「別に難しいことではないさ。俺が今から使用とする話を、優希自身が難しいものと思い込むからそうかんじるだけで……っ!?」
一瞬何をされたかわからなかった。生暖かい柔らかいものが耳に触れたのだ。舐められた。遅れて理解する。その話はもういい、そういうことらしい。この程度の話にも耳を傾けられない彼女はやはり愚かだ。そう言えば体が熱い。寄り添われているからか。
「ふふ~、こうたは可愛いなぁ」
「…理解出来ないよ、君のことを俺は。」
タクシー乗り場には人が列を作っていた。ほんの一時の快楽に負けて、電車賃の何十倍を払って帰宅するこの行動は、やはり間違っている。それでも隣で勝手に俺に寄り添う彼女を置いていけなかった俺もまた、正しさの中にいないのか。
「奇遇だね、私もこうたを理解出来ないよ。」
漸く最前列になった。ロータリーをタクシーがまわっている。ヘッドライトを揺らしながら。未来をもし照らせるのなら、こんな間違いはもうしなくて済むのだろうか。俺はやはり、正しさを求めてしまうから。
「だからこうたのこと、好きになったんだ。」
タクシーに乗り込む手前、そう呟いた彼女の言葉を聞こえないふりをしてやり過ごす。俺の家の住所を告げ、そしてタクシーの扉がしまった。
動き出してすぐ、優希は俺に寄り添って寝息をたてはじめた。俺は使えなくなった左手を諦め、右手で携帯を操作して時間を潰す。
きっとこのタクシーの運転手には、俺達、俺のことがこのタクシーに乗っていた他の乗客達となんら相違なく見えているのだろう。それはとても悔しいことだが、隣で眠る彼女を愛しているうちは、いつまでも俺は間違っているのだろう。
車内から流れる景色を見て、俺もそっと目を閉じた。